第3章 告白〜5〜
第3章 〜5〜
相性の悪い男が、職場に現れた。
彼もまた、家庭内不和に悩まされていたと言うが…
「へぇ〜、そうなの!?」
臨時従業員達は、一斉に声を揃えて驚いた。
大学受験を選んだにも関わらず、大学へ通うなど考えた事もない。
願書は提出したものの、結局入試を受けていなかった。
何故そんな事を?
高原の父親は、会社経営者だ。
「大学へ行くなら、金は幾らでも出す」
高原は、父親のそんな言葉に反発した。何でも金にものを言わせるその思考が気に食わない。進路は決めなければいけないが、大学に通うとなると学費は父親持ちとなってしまうだろう。
借りは作りたくない。
では、就職は?
働くと言ったって、どうせ父親の会社に無理矢理放り込まれるに違いない。
そうなれば、結局父親から報酬を受け取る形になる。
だから大学進学を希望し、敢えて不合格となるように仕向け、そのままニートになったと言う。
「何でここで働こ思たの?」
「はは…『ニートに食わす飯はない』って言われてね。そろそろ貯金もなくなるし、何かしようって思ってるとこに、ここの募集があったんですよ」
契約社員という立場は、とてもグレーな位置付けにある。
例えば面接では、学歴など重んじる訳ではなく、やる気とある程度の能力の有無を判断する。
正社員と違い、新入社員研修も行われず、入社直後から配属先での業務に就く事になる。
この会社では、契約社員として2年働き、所属長からの推薦を受ける事が出来れば、正社員になるための試験を受ける事が出来る。
良い意味で手っ取り早く働けるのだ。
一方で待遇面に於いては、給与は時給制であったり、会社側不景気に陥れば、人件費削減を理由に契約解除もあり得る。
契約社員として入社した以降は、特に問題なく2年間真面目に働けば、正社員への道が開ける事になる。
高原は、そんな条件からこの会社を選んだのだが、入社後配属された先に、偶然にも颯希が居た。
「あらぁ! 同級生やったん?」
「そら、心強いねぇ」
高卒で正社員として入社した颯希に対し、自分の経歴については少々恥ずかしさを感じる。しかし…
「何か面白そうな職場ですねぇ」
そう言って高原は、ニヤリと笑った。
太田課長は、高原と颯希が互いに知り合っている事を聞かされていなかった。
高原が正社員として入社したのなら、そんな事情も耳に入ったのかもしれない。しかし、契約社員という形になれば、学歴などの情報は大して意味をなさない。
即戦力に値するかどうかが、採用の判断材料になるのだ。
「ええっ!? それは知らんかったわ」
太田は驚いた。事情を知らぬゆえ、同級生である颯希と同じ現場に配置してしまったのだから。
「やりにくいか?」
「はぁ…」
はっきり「やりにくい」とは言いにくい。ましてや、仲が悪かったなどとは言えない。
太田はかなり考え込んでしまったが、配置後すぐに変更というのも不自然だし、本人に対しても、教育係の人にも失礼に値する。
「すまん、日向。徳永さんには、2人が一緒に組む事ないように言うとくわ。それで何とかやってくれ」
仕事の事だ。あからさまに嫌とは言えない。
言葉を返せずに戸惑う颯希に、太田は続けて言った。
「変な言い方かもしれんけど、日向の方が正社員で肩書もあるし、先輩でもある。そこんとこ上手くやっていってくれ。指示は徳永が出していくやろうけど、お前も立場としては高原の上司になるしな」
それも分かる。颯希はひとまず首を縦に振った。
しかし、高原に対する嫌悪感の理由は、ここで話す事が出来ない。
傷付けられた言葉の数々。思い出すだけでも辛い。そして、話す事が恥ずかしい。
そう感じてしまう事案の数々。
「連んだりとか、そういうのって全くなかったんです」
「あぁ、それやったら変に気ぃ使こたりとかせぇへんか」
「あ、いや…」
言葉を濁しながら高原との間柄を否定してみたが、逆効果だった。
実情を知らなければ、こうなっても仕方ない。
遠回しに「仲が良い訳ではない」と言うつもりだったのだが、受け取り方にズレがあったようだ。
…まぁ、会社に守られてるみたいなとこ、あるしな。
何も起こらないのが望ましいが、何か起こったとしても、そこには社則がある。
高原が高校生の頃とは違い、人を思いやれる人物に変わっていたとしたらそれは喜ばしい事だが、仮にあの頃のようなハラスメントを仕掛けられたとしても、八田前課長の時のように手順を踏んで正当な対応をすれば、きった大丈夫なはずた。
「ん? 何か言うときたい事あるんか?」
「あ、いえ…大丈夫です」
読んでいただき、ありがとうございます。
一見人が良さそうで、巧みな話術で臨時従業員達の心を掴んでいく高原。
だけど、彼の捻じ曲がった心は、第1章での言動で表れていますね。
颯希にしてみれば、なるべく避けたいところ。
高原の再登場は、何を意味するのか?
ここから先、気に留めておいてくださいね!




