第1章 卒業〜5〜
第1章〜5〜
可愛いペンケースから膨らんだ恋バナ。
女子たちはどう動くのでしょう?
「え? サッちゃん? 冗談ちゃうわ!」
穂花が立てた噂話。
それは、莉玖と穂花の間に居て2人を間接的に繋げている、滝川詩織のスマートフォンにも届いていた。
聞いてしまった以上は、事実関係を確かめたい。確かめねばならない。
―それは何の使命感?
「莉玖ぅ、日向君と噂立ってるけど」
“ド”が付く程にストレートな問いに、思わず莉玖は悪態を吐くような返答をしてしまった。
もちろん詩織だって、2人が幼馴染という事は知っている。「莉玖」「サッちゃん」と呼び合っている事も、ごく自然に受け止めている。しかし、噂の真相が気になって仕方ない。
「冗談ちゃうってぇ、そんなに否定する? あたしは結構好きかな。ああいう、ちょっとナヨってしてるけど決めるとこ決める男子」
「決めてる?」
「だってほら…」
高校生バンドとして、市内のライブハウスへの出演経験のあるNick Shock ! の実力への評価は、校内に限らず広範囲で高い。
バンドをまとめる剛の能力はもちろん、個々の技量に注目が集まる。
颯希とてその1人であり、むしろそのハイトーンヴォイスがなければNick Shock ! のサウンドは完成しないと言って過言ではない。
これを「決めてる」と言わずして、何と言うのか。
「そっかぁ。でも、あたしには“可愛い男の子”でしかないかも」
本心なのか、どうなのか。無意識に場を繕っているのか。莉玖の言葉に詩織は、少し顔を綻ばせる。
「ほな、別に付き合ってるとかは…」
「ないない! ていうか、何でそんな噂立ってるん?」
「福島との間に何もなかったら、あんな可愛いペンケース貸りたりしやへんやろって。穂花が…」
確かにそう聞いた。詩織は、その話をそのまま莉玖に伝えた。
「へ? ペンケース貸した? あたしが? サッちゃんが言うたん!?」
穂花はそう言いふらしたのだと、詩織は口走ってしまった。
莉玖は思わず、大袈裟とも取れそうな程の反応を見せた。
確かに颯希は、穂花にそう言った。男子には似合わない、可愛いピンクのペンケースを持っている事を突っ込まれ、それを苦し紛れに、言い訳の様に莉玖の物だと言ったのだ。
自分が愛用してるのなら、堂々とそう言えばいい。好きな物は好きと言えばいいのだ。なのにそれさえ言えず、果てにこの噂だ。
そして、この程度の貸し借りを大きく膨らまして恋バナに変えてしまうのが、穂花なのだ。
―酒井の手口に、まんまとハマってる。幼い頃から何も成長してへんやん!
「日向君って、“男の娘”?」
険しくなった表情の莉玖に、詩織は突拍子もない質問を投げかけた。
「男の子?」
「娘って書く方の、男の娘」
「娘ぇ〜!? いやいやいやいや、別に、ほ、ほら、女装とかしてる訳でもないやん」
「でも、髪伸ばしてたし」
「あれは…ロックやから…やんか」
「そうかぁ」
詩織は、少し空を仰いだ。
「髪切ったの、残念かも」
詩織はそう言う。だが莉玖には髪の事などどうでもいい。長かろうが短かろうが、颯希は颯希だ。
それも、何で自分に言う?
「それって…あたしには関係ないんやけど」
―関係ないんや!
莉玖には他に好きな人がいるとか、そういう訳でもない。噂の相手が颯希なら、別に無理に否定する必要もないのかもしれない。
だけど、フェイクは嫌いだ。あらぬ噂がお互いを締め付け合う。それが耐えられないのだ。
なのに、否定すればする程怪しまれるのも、それは世の常だ。
―何でもっと自分を認めへんのよ、サッちゃん。
読んでいただき、ありがとうございます。
颯希君のイメージを創作していく中で、“男の娘”っていう言葉に行き付いたのですが、画像を見ると、本当に女子のように見える男子。
上手に着飾り、化粧をし、男子特有のゴツゴツ感も見えないんです。お見事!
颯希君は小柄でなで肩。髪を伸ばしていると女子と間違われるのですが、それでもやっぱり長めの髪型が好みという設定にしています。
でもそれって女装してる訳ではでなく、所謂男の娘ではないんですね。




