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第2章 独立〜37〜

第2章 〜37〜


第2章最終話。

ライブの余韻はどこへ?

詩織と莉玖の、京都駅での一コマ。

独り立ち…。

 ライブの余韻。

 熱くなった夜。

 されど、どことなく消化不良に感じるのは何故だろう。

 出演者と観客の関係だから?

 そうじゃない。きっとそれは、颯希と自分との間に立ちはだかる壁のせいだ。

 この分厚い壁の向こうにいる颯希が見たい。

 そう思った詩織は、必死に背伸びをしていた。



 翌日、詩織は16:16発「のぞみ234号」に乗るため、京都駅へ向かう。自宅から最寄りの駅で、莉玖と待ち合わせた。


 昨日の夜、少し莉玖を恨みそうになった。

 壁の正体が、莉玖だと思えてならなかった。


 ―出演のため、ナーバスに…。


 もちろんそれは、あながち間違いでもないのだろうと思う。だからと言って、あの莉玖のソワソワした様子は納得出来なかった。

 理由はどうあれ、自分を颯希に会わせまいとしていたのは、あからさまだった。


 しかし、それでも莉玖を恨みきれないのは何故?

 そう、親友を恨む事など出来る訳がない。

 寧ろ応援したい気持ちでさえある。


 ―じゃあ、自分を邪魔しているのは一体何?


 実家に帰って鏡に映る自分を見た時、その壁の正体がはっきりと露わになった。



「詩織…」


 その姿は、レザージャケットはそのままにどこか地味な印象の色に落ち着いていた。


「莉玖、あのね…」


 昨日は随分と無理をした。本当はキラキラした服装など、自分には似合わない。

 颯希に会えるから、目一杯のお洒落を決めた可愛い自分でありたい。

 そんな想いが先立ったが、結局それは“自分自身”ではなく、息苦しささえ感じてしまった。

 詩織は、やはり詩織だ。いつも控えめな、読書好きの女子だ。

 無理をしなければいけないのなら、恋愛は不成立だ。


 一方の莉玖はというと、昨日の詩織に負けないよう、この日も目一杯のお洒落を決めて来た。それが背伸びだとは、自身も分かっている。だけど、見劣りするような格好ではいけないと、化粧も頑張ってみた。

 莉玖の背伸びの理由は、詩織のそれとは異なるものだった。


「あたし…昨日の格好って、やっぱり自分には不釣り合いやわ。一生懸命お洒落したけど、エヘ…何か疲れた」


 何も返せない。莉玖はただ、苦笑いするように微笑んだ。


「なぁ、自由席やろ? 何で234号やないとあかんの?」


 話を逸らしてみる。


「あのね、234号って新大阪始発やし、座れるねん」

「そっか! え? 詩織ってそんなに計算高かったっけ?」

「働き出すとね、そういう事も考えるようになるねん」

 ―あははは!



「昨日の日向君、カッコ良かったな」


 詩織はそっと呟いた。莉玖は、心臓が飛び出しそうな感覚を覚えた。


「名古屋と京都って、新幹線に乗ったら意外と近いんよね…」

「あ、そ、そうね」

「またお正月にも帰ってくるし…」

「うんうん…」

「今度は…ちょっとぐらい話出来るかなぁ」

「そう…ね。今回はサッちゃんもバタバタ忙しかったし…」

 ―莉玖はいいなぁ。


 詩織は目を逸らし、聞こえるか聞こえないか程の小さな声で呟いた。


「ま、また帰って来た時、会うたらいいやん。ね!」

「ほんまにそう思てる?」

 ―えっ!?


 莉玖はまた、言葉を失った。

 今言った事は、本心なのか? それとも―?


「莉玖がそう言うてくれるんやったら、あたし、お正月…日向君、初詣に誘ってみよっかな」

「あ、あぁ…」

「いいの!? ほんまにいいんやったら、あたし、そうするで!!」

「あ、あたし、サッちゃんとは別に…」

「何で!? 何でそんなに遠ざけようとすんの!? 昨日、あたしを日向君に会わせたくなかったんよね!? あたし、分かってるんやから!!」


 詩織の言葉が痛い。

 自分の気持ちは、薄々分かっている。じゃなきゃ詩織のひと言ひと言に対し、冷や汗なんかかく訳がない。

 でも、何故かその気持ちを認めようとしない自分が居る。


「遠ざけてる訳じゃないの。どうしたらいいか…分からへん。だって…」

「だって何?」

「サッちゃんは…普通の人じゃないから…」

「それって、高原と同じ事を?」


 違う。違うのだ。そんな意味じゃない。でも、その意味を詩織に言う訳にはいかない。

 もう訳が分からない。この気持ちをどうコントロールすれば良いのか。

 戸惑う莉玖に、詩織は意外な言葉を放った。


「違うよね! 普通じゃないって事は、莉玖にとって特別な人って事ちゃうの!?」

「え?」

「もっと…もっと素直になってっ!!」


 ―素直に。


「日向君に一番相応しいのは…」

「やめて! それ以上言わんといて…」


 詩織の言わんとする事は、想像に難くない。

 でも、受け止められない。

 想いを口にした時、幼少の頃から一緒に居た思い出が壊れてしまうかもしれない。そんな恐怖が先立ち、素直になれずにいる。


 そして、莉玖だけが知り得る颯希の本当の心。

 全てが壊れてしまったとしたら、颯希の繊細な心はその先どう動いていくのか。


「わああっ!!」


 頭の中で渦巻く、数えきれない程の様々な思い。

 耐えきれず、莉玖はその場で崩れた。


 ―12番乗り場に、「のぞみ243号」東京行きが…


 アナウンスが流れ、詩織が乗る列車が12番ホームに滑り込んで来た。


 ―頑張れっ!


 詩織は莉玖の肩にそっと触れると、走るように列車に乗り込んだ。


 ドアが閉まる。

 窓から手を振る詩織の姿が、莉玖の目に滲む。止めどない涙をそのままに、莉玖は走り去る列車に手を振り続けた。



 列車が京都駅を離れると、詩織は席に着いた。

 微笑んだその目から、溢れるものを感じた。

 本当は、わずかな可能性を求めて京都に戻って来た。


 ―もし、神様からの救いがあるとすれば…


 そんな想いでライブを観賞した。

 それなのに―。

 それなのに、莉玖の姿が、その表情や態度が、ズルい程にいじらしかった。

 そんな莉玖が、あまりにも可愛いかった。

 最早自分の入る隙などない。いや、入ってはいけないのだと思った。

 その瞬間に詩織は、このライブを最後に颯希への想いを断つ決心をしていた。


 颯希の笑顔―。

 颯希の泣き顔―。

 颯希の怒った顔―。

 ギターを弾く姿―。

 歌う声―。

 守ろうとしてくれた事、一緒にジャズのライブを観賞した夜、一緒に校門を出た夕暮れ―。

 何もかもが素敵に輝いた瞬間だった。


 思い出す程に、目頭が熱くなる。

 頬を伝って、開いた恋愛小説の上にポタポタと滴るもの。


 ―これって…涙…。


 そう気付いた瞬間に、それは拭いきれない程に流れ出した。


 ―うわあっ!!


 人目も憚らず、詩織は声を上げて泣いた。

 これで本当に、颯希への恋は終わる。

 親友のために決めた、その終末。


 もう涙は止められない。詩織はただ、ひとり泣き続けた。


 列車は東に向けて加速して行った。

読んでいただき、ありがとうございます。


独立…独り立ち…

颯希が両親の元から独り立ちした本章。

詩織も颯希への想いを断ち切り、独り立ち…即ち新しい恋に向けての旅立ちを決意しました。


京都から名古屋へ向かった時、新幹線なら驚くほど近く感じた距離。

人知れず想いが再燃し、アプローチを試みる。

そんな時、いつも颯希のそばに居た莉玖は、自身で感じる程にズルい行動に。


そして、この京都駅のシーン。

書きながら、作者自身何度も涙を流してしまいました。


第3章は、もっと莉玖にスポットを当てていきます。

お楽しみに!

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