第2章 独立〜30〜
第2章 〜30〜
ライブ直前、主任からの重要な話が。
そして、颯希の心に少し変化が。
「日向、ちょっと…」
作業中、主任に声をかけられた颯希は、誰もいない休憩室で太田と面談した。
いつも穏やかな口調で話す太田主任。この日も、いつものように穏やかではあった。
「主任、話って…?」
「うん、ドア開いてへんか?」
「大丈夫です」
太田は声を顰めた。ドアが開いていると困るのは、よほど重要な話に違いない。
その用件とは?
太田は静かに話し始めた。
「来年の3月にな、人事が大きく動くねん」
「はい…」
聞き耳を立てられては困る。そう言って太田は、少しキョロキョロしながら颯希に接近した。
「あのな、まず…八田課長が総務部に異動になる。代わりに僕が課長になるねん」
「そうなんですね。おめでとうございます!」
「ありがとう。で、ここからやねんけど…」
現在B室長の神崎が主任となり、検品・梱包課全体を仕切る。しかし、それがわざわざ颯希1人を呼び出した事にどう関係があるのか?
「川島さんは定年。これは知ってるわな?」
「はい。え? B室って、欠員2人ですか?」
「補充はある。まだ誰とは決まってへんけど、製造課から1人。でも、その人はA室に入ってもらお思てる」
「え? じゃあB室は?」
「派遣か契約社員を入れる事になるねん。そやから、室長が徳永。で、日向はその右腕になってもらわなあかん」
つまり―。
「1月から、リーダーになるための教育していかなあかんねん」
人事異動が3月21日付のため、準備が整い次第教育を始めたいが、川島という男性が1月で定年となるため、およそ2ヶ月間は人手不足のまま工程を回す事になる。
「だから残業してもろて、その時間で教育していく事になるしな」
―えっ!?
「も、もちろん…」
「うん。36協定は厳守やけどな。出来るだけ時間は作ってくれ」
「は、はい…」
―太田主任の言う事なら。
そうは思ってみたところで、バンドの方はどうなる?
1日の後片付けを室長1人に任せる訳にはいかないし、忙しくなれば、毎日の残業も余儀なくされるだろう。
定時を遵守し、プライベートを大切にする。それは、人の上に立つ社会人としては、許されないのだろうか?
―仕事よりバンドを優先したい。
甘いようだが、それが颯希の本音なのだ。
「言うてたライブは12月やろ? そこは一生懸命演ったらええ。それが終わったら、ちょっと仕事の方に精出してくれ。な、頼むわ」
太田は腰が低い。常に従業員の気持ちを考えた言動をしている。
その太田が…頼み込んできた。
嫌とは言えない。しかし―。
仕事の大切さと、私生活のスタンス。
複雑な思いに葛藤しつつ、自宅に帰る。
誰もいない。
ひとり暮らしなのだから、当然だ。
こんな時は、話し相手が居ないのが少し淋しい。
テレビなんて買っていない。パソコンで視ればいい。だけど、興味は湧かない。ラジオがあれば、それでいい。
大阪のFM局をかけてみると、まだ自分が生まれる前の時代の名曲が流れてきた。
―いい曲やな。
思春期から大人になっていく。それは、少しだけ前の自分と重なる。とてもデリケートな心を、優しいメロディで歌い上げている。
「バブル」などという言葉を聞いた事がある。何が起こったのかは分からないが、兎に角景気が良かったらしい。
あるCMからヒットした歌は、当時の世相を色濃く表現しているようだ。
「休みなく働けって? 社畜やん」
兎に角働き、景気は潤う。夜には、高級ブランド品を身に付けた人たちが街に溢れる。
一体いつ休息を取るのだろう?
しかし、そんな時代にもオアシスは存在していた。
目を閉じて、耳を澄まして聴いてみた。
「壊れかけのRadio」(徳永英明)
聴けば聴くほどに、胸が熱くなる。少し苦しくなる。
思わず涙を溢した。
おもむろにパソコンを起動して、文書作成ソフトを立ち上げると、颯希はそのしなやかな指先でキーボードを叩き始め、文字を綴った。
同じ意味の言葉なら、響きが美しいものを選んだ。より美しく聴こえるように、順番を並べ替えた。
頭の中に降り注ぐようにメロディが浮かぶと、言葉が印象的に聴こえるようにコードを当てはめていった。
「BELIEVE」
バラード曲が生まれた。颯希のギターが、優しいトーンを奏でた。
「ここから歩んでいく道は はるか続いてゆく」
その先に何があるかなんて、分からない。だから、漠然とした表現にした。
漠然としているのに足は地に着き、どこか力を感じる詞になった。
―この曲、絶対歌いたい!
読んでいただき、ありがとうございます。
練習に、引っ越しに、沢山の時間と労力を注ぎながら、何と颯希、わずか1年で職場のリーダーに?
頑張りすぎですよね 笑。
バンド活動を優先したい。
そこには賛否両論あるでしょう。
今より先を目指すなら、私はそれでもいいと思います。
仕事だって、ここまで頑張ってるんですしね。
複雑な気持ちながらも要請は受ける。
それは、頑張りどころですね。




