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第2章 独立〜28〜

第2章 〜28〜


引っ越しの日。

家を出る颯希。

送り出す父親。

軽トラを運転してくれる彰人…?


いよいよ独立です。

 日にちは確保出来たので、颯希は彰人と相談して荷物を運ぶ段取りも決めた。

 丸々1週間。彰人の通う学校は京都市内なので、比較的時間も作りやすいと言ってくれた。ならば必要なものは一気に運んでしまおう。そして、新生活を始めよう。それが颯希の出した結論だ。


 前々日から部屋にこもり、荷物をまとめた。

 実家を離れるだけだ。だから全て運ぶ必要はないだろう。それは、冷静に考えた結果の判断だ。

 とはいえ、颯希自身はもう、実家で暮らす事はないと考えている。


 そして、その日を慌ただしく迎えた。


「おはよう!」

「悪いな、ゴリ」

「それは言いっこなし。さ、どれから運ぶ?」


 ギター、練習用アンプ、ペダル(エフェクター)。もちろん、作曲に必要な機器類も、早く運びたい。


「音楽関係ばっかりやな」

「優先的にな。布団とかは新しいの買うたし、明日(あした)明後日(あさって)には届くと思う」

「結構、金使うたやろ?」

「まぁな。初期投資はしゃあないわ」


 白物家電だって、所有していた訳ではない。自ら買うのは初めてだ。

 費用は馬鹿にならないが、必要最低限の物は準備しておかねばならない。けれども、働いているのだから何とかなるものだ。


「残業とかさせられてたけど、しっかり稼げたのは良かったわ」


 体はボロボロになった。

 でも、気は持ちようだ。


「お前、強うなったな」

「いや…。さ、行こ」


 何か言いたげな顔を見せたが、それを押し殺すように、彰人に車を出すよう頼んだ。


「安全運転で…な」

「分かっとるわいっ! 俺も丸ぅなったわ」



 そういえば、どこからともなく“良い話”を耳にした。

 まだお互い18歳と若いが…


「ゴリなぁ、ちょっと小耳に挟んだんやけど…」

「聞いたか。タケか?」

「えーっと、ん? 誰やろ? 誰かから聞いた」



 スタジオで3人が喧嘩した翌日の彰人。

 そして、彰人と交際中の穂花。


「俺な、ほのちゃんに『ズタボロにしてくれ』言うたんや」

「ズタボロて、アホか。あははは…」

「おぅ、アホや。わっはは! でな、それの意味を…」


 穂花は、「尻に敷いてくれ」と受け止めた。つまり、ずっと一緒に居て欲しいと。


「プロポーズやん!」

「あぁ、結果的にそうなった。でもな、その気持ちは間違いないねん」


 喧嘩したあとの自己嫌悪感を、穂花に聞いてもらった。

 その時、普通なら言いにくいだろう言葉を、穂花はストレートにぶつけてくれた。

 穂花ならきっと、自分の暴走を食い止めてくれるはずだ。そう思ったから、「ズタボロにしてくれ」などと言った。


「まぁ、今は早すぎるって思うから、20歳過ぎても気持ち変わってへんだら…ってな」

「そうかぁ。ゴリ、カッケーやん」

「いや、アホやろ」

「そういう時の“アホ”って、カッケーねんって」


 そういう時の“アホ”―。


 想いは、間もなく形になろうとしている。それなのに、心の中のどこかで何かがまだ燻っている。その炎は、消してはならない。燻っている炎は、燃やさなければならない。

 自分がカッコ良くなれない理由は、燃やしきれない事だ。

 アホになりきれない―。

 燻っている何か。その正体が分からない。


 彰人の背中が…大きな背中が、いつもよりもっと大きく見える。自分より2ヶ月早く生まれただけの同級生が、自分より大人に見える。

 自分はどうだ?

 サイズこそ小さいが、他人から見た自分の背中は立派に見えるのだろうか?


 そんな事をふと思った時―。


「世帯主やな、18歳で。凄いやんけ」


 彰人は、颯希にそう言った。

 違う。独立の理由。彰人が思うそれとは違うはずだ。


「凄い事なんか…」

「いや、理由はどうあれ、自力で生活していこうとしてるのは、凄いぞ」


 まだ18歳。されど18歳。

 学校での勉強はもちろん、それ以外の場所でも…。

 人との触れ合いや良い友人関係を持つ事は、きっと学校教科と比べてもはるかに多くを学ぶのだろう。

 その点、颯希は仲間に恵まれた。

 18年余りの月日の中で、数えきれない程多くを学んできた。

 それは、貴重な財産。


「なぁ、ゴリ…」

「おぅ」


 少し言葉に詰まる。

 何かあれば、親を頼ればいい。それが、独り立ち間もない若者の常だろう。

 しかし颯希の心の中に「親を頼って…」などという選択肢はない。何か困った時、きっと頼りになるのは…


「お前ら…やな」

「何がや?」

「うん、何かの時は頼むわ。自分(ウチ)、そんなに強い人やないし」

「まぁ、誰かて弱い部分は持ってるって」


 それら全てを認め、さらけ出せる間柄。それが友だ。仲間だ。

 颯希には、剛が、どこか遠い所に礼が、そして今、隣で彰人(じぶん)が居る。

 彰人は、ちょっと照れながら言った。


「いや、自分で『俺を信用しろ』言う奴が一番危ないってな。そこだけは気ぃ付けぇよ」


 颯希は彰人の顔を見た。


「知ってる。こんな顔しとる奴や!」

「何を〜!!」

 ―あはははははは!



「Nick Shock ! の事務所やな。タケと遊びに行くわ!」

「遊びぃ? バンドの運営の打ち合わせやろ」

「遊び、あ・そ・び」

 ―はははははは!


 そんなたわいもない会話をしながら最後の荷物を運び込むと、彰人は軽トラを返却して自宅へ帰って行った。


 颯希は、新しい布団や白物家電が届くまでの間の数日を、両親と同じ屋根の下で“寝泊まり”した。

 そして―。


「父さん、母さん、自分(オレ)…行くわ」

「颯希…」

「遠くに行く訳やないけど、これからは独立して頑張る」


 颯希は、両親に合鍵を手渡した。


「世帯主ってな、楽やない。分からん事も、ナンボでも出てくる」

「うん。それは覚悟の上や」

「暮らしてる家は違うても、お前は父さん母さんの息子や。困った時は…」


 父親の目が潤んでいる事に気付いた。18年、いや、もうすぐ19年。その年月は決して短くない事を、颯希も実感していた。


 父親は顔を背けると、颯希の肩を押すように、ポンと叩いて見送った。

読んでいただき、ありがとうございます。


激しく揺れ動いた日々を経て、颯希は18歳という若さで独立となりました。

実家を離れるだけ…

されど、もう実家には戻らない…


時間外労働と家庭内不和の問題を、様々な協力を得て解決へと運んだ颯希。

さあ! ライブに向けて再始動です!


え? まさか…

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