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第2章 独立〜27〜

第2章 〜27〜


あらゆる縛りを吹っ切った颯希は、ついに行動に出る。

事態はどう向かう?

「課長、11月8日から5日間、有休もらいます」

「何!?」

「引っ越しです。自分で荷物まとめて運ぶんです」

「何やと? おい!」

「用事なんですよ。若い者に用事がある訳ないって仰ったけど、若い者にも用事ってあるんです」


 颯希は強硬手段に出た。1週間有休を取得して荷物を運び、11月中の入居という契約を遂行する事にしたのだ。


「そんな勝手な事…」

「神崎さんに相談したら、『課長に交渉して来い』って仰ったんで。権利遂行、出来ないですか?」


 八田は腕を組み、眉間に皺を寄せた。そしてその目で颯希を睨むと、低い声で恫喝するように言葉を発した。


「ほな、今日から毎日残業して、休日出勤もせぇ」


 台本通りだ。颯希にすれば、この言葉はしめたものだ。


「それはおかしくないですか? 無用な時間外労働はいかがなものでしょう? 自分(わたし)の職務に関して必要であれば、体力や時間と相談して、出来る限り協力はしますが…」


 颯希の予想外の攻勢に、八田は必死の応戦を見せる。

 冷静さを失った八田は、さらに顔を歪める。


「仕事は何なとある。ナンボでも与えたる!」

「それって、おかしいですよね? 必要性があるなら話は分かるんですけど。 自分(わたし)ね、組合長とお話させてもらったんですよ。あ、もちろん『例えばこんな事があった場合は?』って。別に課長がどうこう言うた訳ではないんですけど」


 ―あと、課長の仰る通りにすれば、労基法が定める時間を超えますけど。



 言えた。

 胸の内は、極限状態だった。

 剛が脇谷からのアドバイスを颯希に伝え、颯希はそれを受けて組合に相談を持ちかけた。

 これで少しでも負担が軽減されるなら、ありがたいものだ。

 もちろん、不安は拭えない。

 その後、八田がどう出るかを考えれば、怖くないと言えば嘘だ。

 とは言え、労基法という後ろ盾が、颯希を勇気付けた。


「分かった。ほな、休め」

「休みはいただきます。時間外労働の件、はっきりした回答いただけますか?」

「もうええ! そんな嫌やったらせんでええ!!」


 ―査定に響くかもしれんぞ!


 八田はそう言った。

 組合長が、少し離れて2人のやり取りを聞いていた。

 その後、八田に近寄り、「それを言えば、場合によってはパワハラになりますよ」と注意を促すと、八田は苦虫を噛み殺したような顔で組合長を睨んだ。



 夜―。


「お前、また課長に逆らったんか?」


 案の定、八田から父親に連絡があったようだ。


「逆らったって、聞こえ悪いやん。引っ越しの時の休み、申請しただけや」

「1週間って何や!」

「5日間やで。月曜日から金曜日。ゴリが軽トラ運転して、手伝うてくれるって」

「柳井君…か」

「学生やしな。学校の合間合間に運んでくれるって言うてた」

 ―ふぅん。


 意外だ。意外にも父親は、怒りを抑えた。


 ―何故俺の息子だけがそんな風に扱われる?


 ふと、そんな疑問が脳裏に浮かんでいた。


 おもむろに席を立つと、冷蔵庫の扉を開けて、缶ビールを取り出す。

 缶ビールとはいうが、“第三のビール“と称させるアルコール飲料だ。


「お前も飲むか?」

「まだ未成年や」

 ―そうか。そやな。


 幼少期の颯希を女の子のように育てた父親。

 小学生になっても女の子と遊び、女の子であるかのような話をする颯希に、いつしか苛立ちを感じるようになっていた。

 母親、即ち颯希の祖母は、颯希が小学生になってすぐに他界した。もうこれからは“男の子”として育って欲しい。

 そんな事を思いながら、1人息子・颯希は、もうすぐ19歳を迎えようとしている。


 独立―。


 まだ早いような気がする。

 もう少し家に、自分の元に居て欲しい。


「な、颯希」


 囁くようにその名を口に出した父親に、颯希も落ち着いた様子で相槌を打つ。


 ―あ、いや。


 何も言えず、父親は、少し泣いた。

 けれども、(おとこ)としての美学が涙を許さない。

 だから、手に持った缶ビールで涙を隠した。

 恥ずかしいとは思わないが、「漢であれ」と颯希に言い続けてきた手前、息子である颯希にだけは、涙を見られたくなかった。


「志津香は…どうなんや? 淋しないんか?」


 父親は、颯希が部屋に入ったあと、母親にそっと声をかけた。

 母親だって淋しくない訳がない。ただ、颯希の人生なのだから、これ以上縛り付けるような行為はタブーだと感じていた。


「颯希も、働いてるし…大人やし」


 未成年だから、もう少し親として見てやらねばならないが、もう自分の意思で生き方を選ばせてやりたい。

 そう言われると、父親も同意せざるを得なかった。


 我が息子の成長は嬉しい。

 だが18歳での、まだ早いと感じる独り立ちには…


「これが親っていうもんやな…」


 思わず呟いて、棚からウイスキーを取り出す。

 少し飲み過ぎかもしれない。それは分かっていても、酔わずにいたら余計な事を考えてしまう。


「程々にしてね」

「うるさいっ!」

読んでいただき、ありがとうございます。


八田課長の強引さ、意地悪、そして、自己を抑制出来ない駄目さが露呈。

今時、こんな働き方はないですよね。

一方の父親。

その心も大きく動かしました。

いかがお感じでしょうか。

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