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第2章 独立〜25〜

第2章 〜25〜


剛は、またまた軽音サークルに呼ばれます。

そこで意外な“収穫”が。

おマヌケなやり取りも合わせてご覧くださいね。

※文字数が多くなっています。

 その日、剛はいつになく苛立っていた。

 それは、颯希にではなく、彰人にでもなく、自分自身に対しても違う。

 一体何に?



「松山君!」

「あ、脇谷さん…こんにちは」

「今日って時間ある?」

「は、はぁ…」


 軽音には関わりたくない。そう言ったはずなのだが―。


「もうすぐ本番だから、最終チェックしたいんだ。いいかな?」


 嫌とは言えない。ズルイと思いながらも断れず、剛は脇谷に引きずられるように軽音サークルへと向かった。


「こんにちは…」

「ごめんな。無理言うて」


 伊川という男は、以前にも剛の批評に不満を沸騰させた。妙に穏やかな態度が、不気味ではある。

 しかし、「恥をかきたくなければ…」という剛の言葉には、さすがに従わざるを得なかったのだろうか。


「あれからな、動画サイトに上がってたNick Shock ! のライブ観たんや。言われてる事、沁みたわ」

「ありがとうございます」


 伊川がそう言うと、軽音バンドはまたあの時のように「Layla」(デレク・アンド・ザ・ドミノス)のイントロを弾き始める。

 そこに、かけ合いのようにもう一本のギターが追随する。押しも押されぬ名曲が演奏される。しかも、意外にも音のバランスがいい。


「お疲れ様でした。いい音になってますね」

「おっ! 本当かい? 伊川、やったじゃん」


 自信満々な笑みを浮かべる伊川に、脇谷は歓喜の声をかけた。

 しかし―。


「ピアノコーダ、全部演ります?」

「へ? あかんの?」

「いや、演奏は良いんですよ。ただこれ、全部演ると7分超えですよ」


 ピアノコーダ。

「Layia」は途中で曲調が変わり、ピアノとギターを中心としたインストゥルメンタルになる。プロの演奏レベルで聴かせるなら、とても良い曲なのだが―。


「良いって言うたのは、あくまでもアマチュアレベル。学祭って言わはるから“良い”って評価出来るんすけど、学祭故に長い曲は飽きられます。ピアノコーダやりたいんやったら、短くアレンジした方がいいです」


 少し悔しげに顔を顰めた伊川だが、それを納得し、理解した様だ。


「よし。4分ぐらいにまとめようか」


 剛は微笑んだ。

 動画を観て、何か感じてくれたのだろう。


「他の4曲とも、学祭ならOKです」

 ―まぁ、ライブハウスなどで演る訳ではないから。



 チェック終了後、伊川は何か言いたげに、立ち去ろうとする剛に近寄って来た。


「まだ何か?」

「あ、あぁ、いや…どこやったっけ? あのライブハウス」

「MUSE LABっすか?」

「それそれ。あの動画」

「何かありました?」


 伊川は、少し言葉を溜めてはにかんだ後、顔を赤らめて言う。


「あの、ほら。ヴォーカルの子」

「颯希っすか?」

「さつきちゃんって言うんや。歌も上手いけどギターもめっちゃ上手いし、凄いねぇ」

 ―さつきちゃん?

「あはは…あいつはマジ凄いっすよ」

「見た目もボーイッシュでカッコいいやん」

 ―ボーイなんやけど。

「彼女? 妹?」

「いえ…どっちもちゃいますけど」

「そうかぁ。モテるんやろ?」

「モテますねぇ。高3の時、女子同士が取り合いのバトルしてましたわ」

「女子同士…? え? 意味分からん」

「女子に引っ張りだこやったんですよ」

「え? そういう事? さつきちゃん、百合?」

「いや、て言うか…もしかして伊川さん、薔薇?」

「はあ???」

「男ですよ、颯希」

「ええ〜〜〜!?」

 ―ちゅうかお前、どこ見とってん!



 苛立ちついでに、お間抜けで調子のいい伊川を少し揶揄(からか)ってみた。剛は少し笑った。

 そして、そんなやり取りの後、ふとある事を思い出した。


「あの、脇谷さん」

「ん?」

「法学部やったら、労基法とか勉強しますよね?」

「うん。まだザックリ程度しかやってないけど…それが何か?」


 剛は脇谷に、颯希への残業の強要に関する問いを投げかけた。

 苛立ちの原因…それはきっと、颯希の仕事においての現状と、ままならぬ練習スケジュールのやり繰りなのだろう。


「まぁ、『バンド活動のため』っていうのは正当な拒否理由にはならないだろうね」

「ほな、このまま?」

「いや…」


 脇谷は少し考えを巡らせ、慎重に話し始めた。


「会社? 部署? 残業をさせる理由に正当性があるかどうかも大事だね」

「させる理由?」

「そう。分かりやすいところで言えば、もの作りなら1日あたりの生産量を上げるためってのが一般的だけど、そこには労基法に準じた労働時間や手当の支給が絡んできて、その辺の条件を満たした上で労働者に残業を命じる事が出来るってね」


 剛が聞いたところでは、颯希の場合、労働時間と手当の支給については問題ない。


「俺は弁護士でもないし、ちゃんとした事は言えないよ。させる側の条件と、拒否る側の条件って事。う〜ん、難しいね」


 まだ勉強中であり、その全てを理解している訳ではない。

 だが颯希の場合、本来受け持つ業務とは異なる内容を強要されている。

 その点では問題もあるのだろう。

 とは言え、弁護士介入となると話は複雑化してしまう。場合によっては、会社全体を敵に回してしまう恐れもあるので、それは避けたいところだ。

 もし労働組合が存在する会社であれば、労組に相談する事で負担は緩和されるのではないか?

 脇谷には、それぐらいしか言えない。


「たぶん…ですよ。弁護士介入程の問題ではないはず。『用事なんてある訳がない』とか言われて、それが精神的に大きい負担になってるんかなぁ。でも、俺らには大事なライブが控えてるんで、用事がないって言われると辛いんすよね」

「う〜ん、例えば、時間外労働って義務じゃないし断る権利はある。でも全部断ってたら、それはそれで良くないよね。出来る日はしっかりやる。それが守られてたら、度がすぎる要求は、労組から部署長への注意があると思うんだ。他人が勝手に『用事がない』なんて言うのはおかしいからね。日向君がそこをちゃんと言えるなら、労組に相談するところから入るのがいいだろうね」

「ありがとうございます! 颯希にはそう言ってみます!」


 答になったのかどうか、脇谷自身もそれははっきりしない。

 ただ、何らかの動きで何らかの効果が得られるなら、それはそれで協力出来た事になるだろう。

 この、軽音サークルがリスペクトするバンド、Nick Shock ! に。

読んでいただき、ありがとうございます。


百合(女性同性愛)、薔薇(男性同性愛)、おそらく多くの方がご存知とは思いますが、このやり取りも決して悪い意味ではなく、ストーリーの流れのひとつとして受け止めてくださいね。

さて、颯希の時間外労働に関して、少し光が見えてきたかもしれません。

どのように対応していくのかは、今後のお楽しみです。

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