第2章 独立〜23〜
第2章〜23〜
人は窮地に立たされた時、思わぬ力を発揮する。
ヒートアップした後は、ゆっくりクールダウン。
「練習…やろう」
「颯希、お前…」
「折角ここ(スタジオ)来てんねやし」
「分かった。ほな…」
颯希の体力が心配されるが、ヴォーカルを入れなければ少しは楽になる。
剛の提案により、オリジナル曲のライブでのアレンジや構成について、時間配分を含めた打ち合わせをした。
「ゴリ、リズムキープしてくれ」
「おぅ!」
彰人のドラムスと剛のベースに、颯希はギターを乗せていく。
「え? 何!?
「これ、アレや!!」
「おおっ!! スゲー!!!」
「これ、絶対演ろけぇ!!!」
2人が歓喜する程のテクニックを、颯希は思い付き、試してみた。
人は窮地に立たされた時、想像を超える力を発揮する。そんな事をよく聞くが、今の颯希はまさにそれだろう。
―そう、その調子っ!
次々と新しい何かを習得していく。
そんな3人の練習風景を、莉玖は最後まで見守った。
「お疲れっ!」
「お疲れさん!」
予想外に実ある練習となった。
しかし、3人に笑顔が戻ったとはいえ、まだどこかよそよそしささえ感じさせる態度を見せつつ、それぞれ、帰宅の途についた。
颯希はバスには乗らず、ギターを背負って夜道を歩く。
秋の夜長。草むらからはコオロギの声。澄みきった空にはハーフムーン。煌々と光を放ち、アスファルトを照らす。
「シバいちゃってごめんね」
「ちょっと痛かったけどな…あはは」
思わず手を出してしまった事。
莉玖も、あの状況下でかなり熱くなってしまっていた。
少しずつ、昼夜の寒暖差が大きくなってゆく季節。
汗に濡れた髪が、襟足から熱った体を冷ましてゆく。
颯希は、少し笑いながら左の頬を撫でた。
「まさか…莉玖が来るとは思わんかった」
少し重い足取りで歩くその横で、自転車を押す莉玖。
彰人のゴツイ拳に殴られるより、表面的な痛みはマシだが、心にはドスンと響いたかもしれない。そんな事を思いながら、そっと呟く。
「…うん」
後方では、静けさを破るように新幹線が高架を通り過ぎる。そしてまた、瞬時に静けさが戻る。
その間ひと呼吸を置くと、何を言うでもなく、莉玖は頷いた。
空を仰ぎ、今の自分を見つめ直しながら、颯希は少し躊躇いがちに、莉玖に、そして自分に問いかけた。
「自分、無理してんのかなぁ」
莉玖は颯希の横顔を見た。僅かに高いだけの目線。その先に探しているのはきっと、今歩いている道ではなく、近い将来進むべき道だろう。
しかし颯希は、迷っていた。
高卒で就職を選んだのは、果たして正解だったのだろうか?
バンド活動のための資金を稼ぐべく、早いうちからの安定した収入を求め、選んだ会社。
それなのに、その会社が、仕事が、いや、上司の考える仕事の方針が障害物の如く立ちはだかり、進みたいはずの道を塞ぐ。
その先は見えているのに、目の前の壁を乗り越える事が出来ず、もがいている自分。
「無理してるね」
莉玖は、感じた事そのままを言葉にした。
幼少の頃からそうだ。歌やダンスを「上手」だと言ったが、自信が持てない時は一喝した。あらぬ恋バナの噂の時だって、厳しい目線で颯希を見た。
気の弱い颯希をいつもリードするかのように、莉玖は隣にいて、歯に絹着せぬ言葉や態度を浴びせた。
「何もかもやろうとしてる。もっと整理していかんと、そら潰れるわ」
―整理か。
何を急いでいるのだろう?
何を慌てているのだろう?
自分を取り巻く現況。それら全てが重荷となり、その全てをストレスとして受けていた。
例えば、バンド活動。
これまでの実績や実力に興味を持った、プロミュージシャンであり高校の先輩でもある南条から誘われた、プロとの共演となるライブ。
それは重荷…なのか?
今までにない最大のチャンスが到来したはずだ。
それは喜ばしい話なのに、知らぬ間に肩に背中に、そして脳裏に重くのしかかる。
バンド活動。それって楽しいはずじゃなかったのか? 楽しいから、良い演奏が出来たはずじゃないか。
引っ越しはどうだ?
親と離れ、独立する事は、そんなにストレスなのか?
親と過ごしている事にストレスを感じたから、家を出たいと思ったのに…やっぱり何かに縛られてしまっている。
体力か?
何もかも自分1人でやるつもりなのか?
そんなの無理に決まっている。良い仲間が居るのだから、協力を求めたっていいはずじゃないか。
夢を持って独立する。そう思って決めた事だろう?
仕事は?
自分で選んだ道。
今の職場に置かれた事は、ひとつの運命でもある。
そしてそれは、夢を叶えるために必要な資金を稼ぐためのもの。だから、辛くてもその先に夢を見続ければ、頑張れるんじゃないか。
あとは、今、自身が置かれている状況において、何を優先するか考えればいい。
全てを一気にこなそうとするから、全てが負担になり、楽しくなくなるんじゃないか。
「なぁ、莉玖」
「ん?」
「卒業式の日の帰り道、覚えてる?」
「うん…」
「こんなして2人で帰るの、もう最後かもなって言うてた」
「言うてたね」
「最後じゃ…なかったな」
―うん。
莉玖は俯いたまま、軽く頷いた。
颯希の言葉、莉玖のリアクション。そこにどういう意味が含まれているのかは、お互い考える事はしなかった。
ただそこに、優しい風が吹いている事だけは感じていた。
「整理、してみる。じっくり考えて、順番を決めて」
読んでいただき、ありがとうございます。
颯希のギターテクニック、また凄い事を閃きました。
それは、どんな?
いえ、まだまだ先になりますよ。お楽しみに!
そして、帰り道。
青春は、まだ終わってないんですね。
何か、いいですよね!
…と、書きながらそんな風に思った瑠璃でした。




