第2章 独立〜20〜
第2章〜20〜
父親の理解は得られるのか?
同意は得られるのか?
賃貸マンションの契約を巡っての親子論争。
家族それぞれの表情を想像しながら読んでみてください。
きっと、熱くなるはず。
※字数が多くなっています。
帰り際、聡太の父親から、間取り図やその他資料を封筒に入れた形で受け取った。
自宅前に立つと、少し緊張する。深呼吸をして、玄関のドアを開けた。
「おかえり。どうやった?」
母親は、颯希の行動をいつも気にしている。今回も自宅を出る颯希を、父親の無言の圧力を感じながら黙って見送っていた。
とはいえ、1人息子が家を出てひとり暮らしというのは、実に複雑な心境だろう。
この数時間、きっと心の整理をしていたのだろう。
颯希は母親に封筒を差し出した。
「これ。いい感じやった」
「そう。見せてね」
母親は、その間取りや記載事項を見て、少し顔が綻んだ。
「家賃も今の水準からしたら安いし、環境も静かやし。あと、築年数は経ってるけど、中身は今風になってる」
「リノベーションしてるんやったら、サッちゃんの年代でも合うやろね」
「うん。実際に見たら、床とか壁とかも明るい色やし」
颯希自身、この物件をかなり気に入った。母親の反応も良好だ。
これなら自力で生活していけるはず。颯希は、そう母親に伝えた。
しかし、ただ部屋を借りて住むだけでは済まない。入居者同士の付き合いや、公共料金の支払い。食事だってそうだ。それらをしっかりやり繰りしながら、心身共に健康でいなければいけない。
「もちろん、それを踏まえて考えた上で、相談だけはしとかな…そう思て持ち帰って来たんや」
「そっか。じゃあ、お父さんにも話しよか。ねぇ、お父さーん!」
父親が介入してくる。ここからが一番の難関だろう。緊張が高まる。
リビングに入ると、1日中何もせずにただ座って、馬券も買わないのに競馬中継を見ている父親が、仏頂面で颯希を見た。
「父さん、これ…」
睨みつけるような目で颯希の顔を見上げた父親は、しばしの沈黙の後、封筒をテーブルに叩き付けて口を開いた。
「こんなもん、俺は聞いてへんぞ」
―聞いてない?
部屋探しに行ってくる。保証人になってくれ…
確かにそう言った。
父親は首を縦に振った訳ではないし、颯希自身も勢いで言った感は否めないが、「聞いてへんぞ」は嘘だ。確かにやり取りはあった。
「言うたよな? 家出るって」
「面と向かって話したか? 吐き捨てるみたいな言い方したたげやろ!」
少し無言の睨み合いとなった。
「あのな、父さん。はっきり言わせてもらうわ。あんな態度やったし怒るのはしゃあないかもしれんけど、言いたい事はちゃんと言うから、父さんもちゃんと聞いてくれ」
そう言って颯希は、溜まっていたものを吐き出すように、かつ、ゆっくり落ち着いた口調で切り出した。
「家出るのは、就職するって決めた時から考えてた。会社には寮はないし、自分には自分だけの空間とプライバシーがないと、ストレス溜まる。生きづらいんや。そやからマンション借りよう思てた。でもな…」
父親は顔を上げた。
「父さんは自分の言う事、90%は否定するやん。自分にとって父さんはな、“まともに話が出来ひん人”なんや」
「何やと?」
父親は唇を震わせ、さらに険しい表情を見せる。
「ちゃんと言うたらええやろ。聞く耳ぐらい持ってるわ。ちゅうかお前、今までから、やりたい事やってるやないか」
「うん、やってる。でもそれは、自分の意思を押し通してやってる事や。父さんは自分のやる事に対しては、何でも否定から入る」
「そんな事あるかっ!」
「ある! 『ギター欲しい』言うた時も、『お前にそんなもん弾けるんか?』って言うたやん。初めて手にする者が、弾ける訳ないねん。そやから皆んな練習するねん。その結果の今や。皆んなめっちゃ褒めてくれる。そんなん知らんねやろ!? 小さい頃、ばあちゃんの前で歌ってた時から、ずっと否定、否定。人の気持ち、何も分からんとおって…」
「あ、あれはお前、男やのに女の歌歌うし…」
「何で歌ったらあかんねや? そんな決まり、どこにあるねん?」
「決まりなんてないけど…お前、男やのに女の子みたいな事ばっかり言うし…」
「男やのに、男やのにって…小さい頃、父さんらが女の子みたいな格好させとったんやんけ!」
これには、さすがの父親も返す言葉がない。
尚も颯希は、噛み付くように話す。
「頼りないんやろ? 頼りない思てんねやろ? でも自分、そう思われたないから、ひとり立ちして自分で稼いで生活するて言うてんねん」
確かにそうだった。何かにつけて「頼りない」と理由付けてきた。
そんな颯希の幼少期を思い出し、父親の心は少し動いた。しかし―。
「なぁ颯希。お前、結婚したら『一緒に住め』とは言わへん。そやけどな、それまでは“家族”としてここにいてくれ」
―今度は泣き落としか?
「悪いけど…ここにいて『頼りない息子』のレッテル貼られたまんまは、もう勘弁や」
颯希に対し、何も言えなくなった。
今まで、こんなにも我が息子を傷付けていたとは。
しかし、父親としての威厳は失いたくない。そんなプライドから、今度は母親を睨みつける。
「志津香、お前は聞いてたんか?」
「聞いてへんだよ」
「ホンマか!?」
母親に対する詰問はずるいと思う。しかし、話していないのも事実だ。
「母さんにも言うてへんだ。自分が勝手に考えてたんや」
「ほな、志津香はどう思うねん!?」
母親は、意外な程冷静に言葉を返す。
「颯希も成長してるんやなぁって思う。遠くに行く訳じゃないし、いいんちゃうかな?」
母親が颯希の事ではっきり意見を言うなんて、珍しい。
何故なら、大概の場合口論になるからだ。
母親は、颯希がそんな両親を気遣ってひとり立ちを躊躇ったりしないよう、揉めるのを覚悟の上で意見した。
父親からの言葉はなかった。
言葉もないまま、1時間が過ぎただろうか。
「颯希、書類貸せ。志津香、ハンコ持って来い」
―父さん…。
「あのな、颯希。お前の言う通りや。俺はお前の事、頼りない思てる。そやからお前がひとり暮らしなんか出来るか、正直不安や」
頼りないとか、そういう事は抜きにしても、親の心境としてはそうだろう。いつ、どんな時でも、親は子供の事が心配なのだと思う。
颯希もそれは分かっているつもりだ。
「ひとつだけ約束しろ。アカン思たら帰って来い。無理な生活は許さん!」
止める事など出来ない。そう察した父親は、それでも「許す」とは言わなかった。
しかし、言葉はきついながらも、その奥には親としての愛情を含んでいた。
「分かってる。ありがとう、父さん!」
読んでいただき、ありがとうございます。
颯希、頑張りましたね。
作者である私も、颯希になった気持ちでいろいろ考えました。
きっと、物心ついた頃から抱え続けていたストレスって、言葉で言い表せないぐらいで…でも、相手は父親。
互いが愛情と嫌悪感両方を持ちながら、離れる事も出来ずにここまで来た。
そして今、颯希は、大人としての成長をアピールする時が来たのです。
でも、大事なのはこれから…ですよね!




