第2章 独立ー17〜
第2章〜17〜
剛の自宅にて。
自分自身に対して思う事…
父親というものに対する思考…
颯希は何を思う?
※一部表現上、人よっては若干不快と感じる部分があるかもしれませんが、それは全ての方に投げかけているのではなく、ストーリーの流れとご理解ください。
カーテンの隙間から、光が注ぎ込む。
少し眩しさを感じて、壁側に寝返りを打つと、そのままゆっくり目を開けてみる。
友人の家に泊まる事など、初めてだ。
両親には、剛の母親から連絡は行っているが、自ら直接伝えなかった事については、悪い事をしたと思う。
そして、剛の部屋で…
友人と同じ部屋で夜を過ごした事を、それ自体を“いけない事”の様に感じ、不思議な気持ちになる。
「おはよう」
「あ、うん、おはよう」
「寝れたか?」
「いや…」
いろいろ無意味な思考が働いて、よく眠れなかった。
颯希はそれを慣れない枕だからと誤魔化した。
剛に対し、気遣ったつもりなのだが、一体何の気遣いなのかさえはっきりしないまま、「次は自分の枕持ってくるわ」などと言って笑ってみせた。
「新品の歯ブラシあるから、これ使こといて」
そう言うと剛は、洗面所の棚から箱に入った歯ブラシを取り出す。
「ありがとう。後で新しいの買うて返すわ」
「そんなん、ええで。やっすい物やし」
昨夜はいつになく喋った。
風呂に入ることもせず、胸の奥に溜まったストレスをひたすら吐き出し、そのままうたた寝の様にうとうとしていた。
そして今、朝を迎えている。
少し気怠さを覚えつつ、洗面所の鏡に向かう。
徐々に伸びつつある髪は、寝癖でバサバサだ。少し恥ずかしい。
「シャワー、良かったら使って」
「あ、すみません。お借りします」
剛の母親に促され、浴室のドアを開ける。
「これが俺のシャンプー。これ、リンス」
「オッサン用やんけ」
「何やとぉ!? ほな、母親の使えや。ええ匂いすっぞ」
「うわ、高そうやな。それは遠慮しとくわ」
この家族は、熱めのシャワーが好きなのだろう。勝手に温度設定を変えるのも気が引けるから、少し我慢しながら湯をかける。
肌が真っ赤になった。
剛のだというシャンプー。髪質が違うのは明らかだが、仕方なく1プッシュを手のひらに取り、泡立てる。
いつも自宅で使っているシャンプーと比べ、泡立ちが良くない気がする。そして、香りもない。
ようやく耳を半分くらい隠す程度伸びた髪だが、それでも全体を洗うには、この泡では物足りない気がする。
「借りてるんやし、文句言えへんか」
そう呟くと、ボディソープを少し控えめに出して泡立て、全身を撫でるように洗い、シャワーをかける。
気持ちまでスッキリしたいところだが、自宅の浴室とは勝手が違う。
曇らない鏡も、自宅の物とは違う高級品なのだろう。
そこに映る自分の姿―。
何故かその時、今まで感じたことのない違和感が襲ってきた。
その違和感の正体は分からない。ただ、いつからそうなっているのだろう? 肩に、胸に、腰に、どこかゴツゴツした感じに変化していく様を見た。
「男らしい?」
男なのだから、それでいいのではないのか? そう思うのに、なぜ受け入れる事が出来ないのだろう?
仕事で身体を使うほどに、次第に筋肉が身に付いていく。そこに、恐怖にも似た例えようのない嫌悪感が生まれていた。
「親父さんは?」
「今日も仕事や」
ダイニングテーブルを囲み、遠慮がちに周りを見渡す。
「日曜日も…」
何とバツの悪い事か。自分は休日出勤を断って来ての、今だ。
しかし―。
「まぁ、趣味も何もない人や。父親としては尊敬するけど、人としたら淋しいかもな」
剛はそう言う。
音楽が剛の趣味だ。ただ聴くだけじゃなく、自分で演奏してみる。それが、剛の言う音楽趣味だ。
もちろんそれは、颯希と同じ方向を向いて語るものだ。
だが、剛の父親は音楽は好きだが、そこまで熱中出来るものでもないと言う。
―淋しい。
不意に様々な考えが脳裏をよぎる。
趣味のない事は、淋しい事なのか? 仕事に没頭するのも、ひとつの生き方なのではないのか?
自分自身で選んだ生き方を全うし、家族に尊敬されるのであれば、それは正しい道なのかもしれない。
いや待て。でも、子供達が手を離れた時、何が残る?
―やっぱり淋しいのか。
父親って、みんなそうなるのだろうか?
家族に対する振る舞いは人それぞれだ。
家族を愛し、家族のために働く。
やがて歳を重ね、自分が働けなくなった時、傍にいる子供が支えてくれる。
そうであれば淋しくないかもしれない。
結局のところ親に対しては、育ててくれたことへの感謝の意を込めて、老後は子供達が世話をしていくことになるだろう。
しかしだからと言って、息子に対し自分の考えを押し付けるのはいかがなものか?
自分の父親に限って言えば、それは本当に父親自身の考えなのだろうか?
息子の職場の上司の言う事が絶対とするのなら、家族って、父親の存在って、一体何だ?
少なくとも、自分の父親を今は尊敬出来ない。従えば、イエスマンまっしぐらだ。自己表現も出来ない、仕事しか出来ない人間になってしまうかもしれない。
「お、おい、颯希…」
「え? あ…」
颯希の、焦点の合わない目。剛は怪訝そうに顔を覗き込み、声をかけた。
「家、出んねやろ? 夢持って行こうや」
剛の言葉に、母親は少し驚いた表情を見せた。
「家…出るの?」
「そのつもりです。ただ、あの父がハンコ突いてくれるかどうか」
「お父さん? 大丈夫でしょ」
剛の母親はそう言う。しかし、他人目線と家族目線では、父親の印象は大きく異なるだろう。
それは、颯希自身も大いに感じている事だ。
一方で自分が親になった時、その心境はどうなのだろう?
―さっさと独立せぇ!
今はそう言って欲しい。でも、その時が来て、自分はそう言えるのか?
そんな不安が頭から離れない。
「独立したら、颯希君も一家の主人やね」
「1人ですよ」
「1人でも、そう言うんよ」
読んでいただき、ありがとうございます。
女の子のように育てられた幼少期があって、今の自分…
オトコ・剛とは明らかに違う生い立ち。
そして自分を育てた父親に対する思い。
父親というものに対する思い。
今回は、殆どが心理描写になりましたね。
少し重かったかな?




