第2章 独立〜14〜
第2章〜14〜
課長と反発し合い、苛立ちを隠せない颯希。
気を紛らすのは、やはり音楽なのか?
いつもと違い、何の躊躇もなくドアを開けたその時刻は、予定よりも早かった…
チリンチリン――
ドアに付けられた鈴が鳴ると、オーナーが振り向く。
「お? 日向君か。えらい早いがな」
「おはようございます。あは…早過ぎですよね」
「今日は予約詰まってるで」
「分かってます。ここでゆっくり待たしてもらっていいっすか?」
「ええよ」
椅子を掴み、ロビーの隅っこに移動すると、立てかけたギグバッグのファスナーを開けて、愛器のネックを掴む。
ギブソン・レスポール。
フェンダー・ストラトキャスターと人気を二分する、ギブソン社、いや、エレキギターの代名詞とも言えるその名。
このギターを弾くジミー・ペイジに魅せられた。憧れのランディ・ローズも弾いた。
もちろんだが、同シリーズの上位機種など、あまりにも高価すぎて手が出ない。購入当時は高校生だった颯希には、必死でアルバイトしても、かろうじて20万円を切る価格で売られていたクラシックというモデルの、たまたま目に留まった中古品を手にするのが精一杯だった。
だからと言って、本家ギブソンのギターに対し、何の不満があるというのだ?
アメリカのギブソン社で厳選された、マホガニー材。ボディのトップには、同じく厳選された美しいトラ目模様のメイプル材。
カスタムショップにて製造された上位機種と呼ばれるシリーズとは、さすがにグレードも異なるだろう。
しかし、そんな物はプロの一部の人達が使う物だ。
比較的安価であっても、ギブソンの社名を背負った一本。間違いなく、名器だ。
そして、生半可な演奏技術では、こいつは歌ってくれない。良い音は弾き手が奏でるものである。
ドラム缶の様な物にクッションを置いただけの、簡易的な椅子に腰掛ける。少しだけ膝を開くと、愛器のくびれた部分を右足の大腿部に乗せ、ストラップを肩にかける。
仕舞う時にはチューニングを緩め、ネックに負担をかけないようにするのが鉄則だ。
そして、弾く前にしっかりチューニングする。ズレた音程では許されない。これも楽器を演奏する者の、言わば義務のようなものだ。
「ん? 音叉使うの?」
「あ、はい。練習ん時は。ちゃんと耳使わんと、感覚狂ってくるでしょ」
テクニックばかり身に付けても、音への意識が低ければ良い演奏など出来ない。そんな颯希のギターへの情熱には、オーナーも感心せざるを得ない。
パシャッ――
―え?
「ははは、ゴメン。なんか、見た事ある様な絵面やったし」
「何すか? え? あ!」
オーナーが颯希に見せたのは、椅子に座ってチューニングでもしているのだろうか? 金髪の長い髪と、他のアーチストと比べて華奢な体格。そして真剣な眼差し。
憧れのランディ・ローズの写真と、今撮った颯希の写真を、交互に開いた。
「似てきたか?」
「笑わさんといてくださいよ。ははは…ネタやないっすか」
「まぁ、そう言うなや。ええ顔してんで。写真送っとくわ、ははは! 髪の毛、もっと伸ばさんとなぁ」
「伸ばしますよ。自分、“良い子ちゃん”なんかとちゃうし」
ジャッ!!
颯希は、オーナーの冗談混じりの一言にそう答えると、左手でAmコードを押さえ、ピックを持つ右手を一気に振り下ろした。
―何かあったな?
「こんにちは〜」
「はーい! いらっしゃーい!!」
「おお! Nick Shock ! の…」
「日向です。こんにちは」
ライブハウス・MUSE LABで何度か共演しているバンド、Red Marks だ。Aスタジオで、Nick Shock ! の前に練習を入れているらしい。
「|Nick Shock ! 《ウチ》は、Red Marks さんの後に入ります」
「そうなんや。俺ら今からやで。えらい早よ来て…」
「あはは、気が焦ってしまって…て言うか、宅練してるよりここに来た方が、音楽演ってるっていう気になれるし」
本当の事なんて、話しても仕方ない。颯希はサラリと流すと、またギターを弾き始めた。
エレキギターはアンプを使わなければ、たぶん最も静かな楽器なのだろう。
様々な音が飛び交う空間で、自分のギターの生音に耳を傾ける。聴き取りにくさも、耳の鍛錬になる。そう思いながら、ひたすらに弦を弾いた。
「おいっ」
「颯希、早いやんけ」
夢中になると、時間の経つのはとても早い。
いつの間にか、颯希の横には剛と彰人が並んでいた。
「目ぇ怖いけど、手は絶好調やな!」
そう言って2人は笑った。
そして颯希も、2人の顔を見て少し気持ちが落ち着いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
音楽に触れると、いつも夢中になれる。
今回はそんな颯希の、愛器との触れ合いを綴ってみました。
夢中で指を踊らせ、スッキリしたのでしょうか?
苛立ちの原因は、仕事のみに留まらず…




