第2章 独立〜13〜
第2章〜13〜
ライブイベントに向けて、打ち合わせや練習も順調に。
しかし、全てが思い通りに進むとは限らないのです。
「お疲れ様でした〜」
「お先に失礼します」
もうすっかり仕事にも慣れ、基本的な作業は難なくこなす。いや、難なくどころか、実に器用にこなしている。
指先を巧みに使うギタリストは、指先の動作が物を言う繊細な仕事も得意…と言ったところだろう。
とはいえ、そもそも自己アピールが不得手な颯希は、そういった部分を殆ど口に出さない。
この辺りも、部署内で颯希が好感度を上げている理由のひとつになる。
「日向、お前、明日もバンドの練習か?」
挨拶する颯希に、室長・神崎はそう声をかけた。
「はい」
「気合い入っとんな。頑張れ!」
「ありがとうございます。じゃあ、お先に…」
神崎とも、ある程度は打ち解けた。苦手である事は変わらないが、ある程度緊張も解れ、こんなちょっとした会話も出来るようになった。
職場では上司や先輩から“飲み”に誘われる事もあると聞くが、もちろん未成年なので酒の席への誘いはない。しかし、神崎は言う。
「もしその気があるんやったら、『飯行こう』とか言うてくれたらええぞ」
こう言われると、声をかけなければ失礼なのかと思いがちだが―。
「まぁ、お前ら世代はそんなん好きやないやろ。ははは…」
と来た。
意外ではあるが、同期の大卒連中と比べても、よほど若手世代への配慮があり、自分を尊重してくれている感がある。
ところが…だ。部下の意思やプライベートを無視する上司は、やはり存在するものだ。
「おい、日向君」
ロッカールームで着替えを済ませ、可愛いマスコットがぶら下がるリュックを背負ったその時、わざわざ事務室から廊下に出て来て声をかける男。
「あ、課長、お先…」
「ちょっと待て」
帰宅しようとしたその時、颯希は八田課長に引き留められた。
「何でしょう?」
「お前、明日の休日出勤、何で出ぇへんねや?」
「え? あ、用事あります」
「用事ぃ?」
八田の顔が歪む。何がおかしいのだ?
「あのな、若いモンに用事なんてある訳ないねん」
用事なんてない…聞き捨てならないひと言に、今度は颯希の目が細くなる。
「いや、用事あるんです。約束あるんですよ」
「はあん? それ、遊びやろな? 用事とは言わんやろ」
そうか。自分達は本気でやっているが、無関係な人にとっては遊びなのか。
実に気に食わないが、どこか納得させられてしまう。
―何言い出しよんねん、こいつ。
心の中で少し悪態をつく。
「じゃあ、遊びでいいですけど、約束あるんです。失礼します」
そう挨拶してかわそうとしたその時、八田の手が颯希の肩を掴む。
「おい、待て! まだ話終わってへん!!」
―何やと!?
「お前な、出勤表見てみぃ。パートのオバハンらもこんだけ出よるねん。正社員のお前が出ぇへんとは、どう言うこっちゃ!?」
貼り出された出勤表には、半数以上の臨時従業員達がチェックを入れている。
しかし、「だからお前も出勤しろ」は筋違いだと思う。それよりもっと引っかかったのは、臨時従業員を指すその言い草だ。
―パートのオバハン!? 何やその見下した言い方!! 自分は兎も角、臨時従業員さんあってのIPやろ!!
「八田はん!」
憤りさえ感じ始めたその時、背後から迫のある声が聞こえた。
神崎だ。
「日向、もう帰れ、な!」
神崎は、颯希にそう促した。
「あ、はい、室長。ありがとうございます。失礼します」
話はしておく。神崎は颯希にそう言って、帰らせた。いかつい顔が、その時はさらにいかつかった。
八田とはどんな話をしたのかは分からない。ただ、初めは危険人物と感じた神崎の方が、幾分にも理解のある人だと思った。
「あんた、八田さんに何か言われたん?」
廊下でその様子を心配そうに見ていた世話焼きなおばちゃんの金山が、颯希に声をかけてくる。
「あ、ええ。休日出勤出ぇへんから、何か機嫌悪いみたいで」
「あの人はいっつもそうやねん。気にしんとき」
仕事の虫? 鬼と言える程仕事をしているようにも見えない。
急ぎの仕事がなくても、無理矢理休日出勤日を作っては自己満足に浸っている。きっと自宅に居場所がないのだろう。
「金山さん、それ、言い過ぎですよ、あはは」
―おほほほほ!
笑い飛ばすと、少しだけ気が楽になった。
読んでいただき、ありがとうございます。
正社員として働く以上、会社への協力として時間外労働を課せられるのはよくある話。
今回の内容には賛否両論あるかと思います。
用事なのか遊びなのか、本当に時間外労働が必要な状況なのかどうか、そういった判断がポイントですね。




