第1章 卒業〜2〜
第2話です。
颯希達は、まだ高校生。
スタジオで熱唱したあと、学校で待ち受けていたものは…?
「あら可愛い。お名前は?」
「颯希って言います」
「じゃあ、サッちゃんね。サッちゃん、サッちゃん、うふふ…」
サラサラの細い髪をゴムで括り、華やかな衣服を身にまとう。母親のしなやかな腕に抱かれ、颯希は笑った。
白い肌、柔らかな丸みを帯びた身体。その姿に、周りを囲む全ての大人達は声を揃えた。
「別嬪さんやねぇ」
子供の成長はとても早い。
赤ちゃんと言われた幼児期は、両親の子育てに対する奮闘と共に足早に過ぎ去る。
母親の左手を小さな右手で掴み、テクテクと歩くその姿。肩まで伸びた髪を、綺麗な赤いゴムで括る。早くもお洒落に目覚めたのだろうか。
母と娘の、その微笑ましい光景。
そんな風に見える2人は、幼稚園への入園を控え、制服のサイズ合わせをするという用事を抱え、歩いていた。
しかし、その頃から母親の胸の内に、少しずつ不安感が生まれ始めていた。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「あ、あの……」
*
剛、彰人、礼、そして颯希。4人は、同じ高校に通う同級生だ。
楽器を持たない時は、他の生徒と何も変わらない普通の高校3年生だ。
スタジオで熱くロックを奏でた翌日も、4人は学校で顔を合わせる事になる。
秋の学校は、イベント目白押しだ。
先日体育祭を終えたばかりなのに、早くも次のイベントの準備が始まる。
次のイベント即ち、1ヶ月後に開催される文化祭を控えた校内は、放課後こそ活気に満ちる。
何の出し物なのだろう? 机を端に寄せ、床に大きな段ボールを広げる者。
またある者は、数人集まって盛大に声を張り上げ、合唱? はたまた演劇? 練習なのかお喋りなのか、兎に角楽しそうだ。
またある一方で、何人かの生徒は足早に校門へ向かう。
「おーい! 颯希ぃー!!」
背後から駆け寄り、鞄の肩紐を掴む大男。彰人だ。
「何やねん? 帰るで。自分、やる事ないし…」
いつもそうだ。そうやって、放課後にはすぐに姿を消してしまう。クラスの仲間とは、上手く打ち解けられない。
しかし、別にクラスメイトが嫌いな訳ではない。大勢の中に居ると、話に参加出来ないだけだ。
「ちゃうやん。俺ら…|Nick Shock ! 《ニックショック》にお呼びかかってんねん」
「ライブやれって?」
「おう。俺らの腕やったら、オーディションなんかフリーパスや言うてな」
颯希達のバンド、Nick Shock ! は、校内でも凄腕で評判だ。しかし、皆3年生。出演出来るのも今回限り。是非出てほしいという、運営委員からの依頼だ。
「日向君!」
「誰?」
「誰ってぇ…あたし、運営委員やってる酒井。え? 隣のクラスやのにぃ」
―そんな広い付き合い出来ひんし。
「お前、友達作らんもんな」
ちょっとイタズラっぽい顔を颯希に向けて、彰人は言う。
人付き合いは、広げ過ぎると自分が疲れるだけだ。違うクラスの女子なんて、いちいち覚えていられない。
「自分にはお前ら(バンドメンバー)が居ったらええねん。」
颯希は、彰人にそう返した。
「まぁ、そう言うなや」
酒井穂花。
彰人が連れて来たこの女子生徒。やたら詮索好きで、颯希にとってはどちらかというと避けたいタイプだろう。
「タケさんも廣川君も、ここ、署名してくれてるねんで。日向君もお願い」
穂花が手にするのは、文化祭でのライブ出演に関する書類だ。
「え? なぁ、ゴリ。もう(出演)決まってるん?」
「タケが『出る』言うたんや。頼むわ。文化祭終わったら、俺ら受験勉強しやなあかんし」
という事は、文化祭でのライブが最後になるかもしれない。颯希の気が乗らない理由は分かっている。
真面目な男子高校生を匂わせる、その短くなった髪。「こんなんでステージ立てへん」などと言っていた。
―でもなぁ。
高校生活の思い出作りには、颯希が必要だ。4人揃ってこそのバンドだ。そんな想いを、彰人は熱く言った。
「分かった。ペン貸してくれ」
「あ、あれ? 落としたかな? ごめん、日向君持ってるよね?」
―え? マジ?
穂花のその言葉に颯希は少し焦った。だが、筆記用具がなければ授業など受けられない。だから鞄の中に入っていない訳はない。
誤魔化しようもなく渋々フラップを開けると、中からペンケースを取り出した。
「え? 何これ? 可愛い…うふふ」
「こ、これは…莉玖…4組の福島から…」
莉玖から借りたものだ。そう言って取り繕おうとするが、そもそもペンケースごと借りたままなどという事はないだろう。
穂花は颯希の顔を覗き込む様に見た。
「な、何やねん…」
「日向君、福島さんとどういう関係?」
何? そこを詮索される?
恋バナ好き―。
穂花の事をよく知らない颯希は、まさか莉玖との関係を追求されるとは思ってもいなかった。
「関係て…幼馴染や。ウチの近所に住んでる。それだけやけど?」
「怪しい…」
「酒井ぃ、やめとけって」
穂花の詮索を止める彰人の眉が下がった。この大男も、困った表情を見せた。
穂花が去った後、「すまん。そんなつもりで連れて来たん違てんけど」と言って、彰人は颯希の耳元で、声を顰めた。
「別に誰がどんなん使おうが、人には関係あらへんて。お前、気に入って使こてるだけやん」
―あ、あぁ。そうなんやけど。
読んでいただき、ありがとうございます。
いましたよ。
可愛いキャラクターグッズ持ってる男子。
恋バナ詮索好きな女子。
青春ですね。
でも、ちょっと不穏な空気が…