第2章 独立〜6〜
第2章〜6〜
颯希の、初めての作業での奮闘です。
急変する仕草や言葉遣い。
その結果…
「日向君、上手やわぁ」
休憩中、臨時従業員が声をかけてきた。
「あ、ありがとうございます」
褒められた事に関しては、素直にお礼を言う。しかし、「まだ納得はいかない」と、言葉を返してみた。
「いやぁ、あんた。向上心凄いわぁ」
…と来たものだ。
とにかく臨時従業員は、言葉の上だけは褒めちぎる。しかし裏では、「あんな事もまだ出来ひんの?」みたいな言葉が聞こえそうな雰囲気だ。
午後からの作業も、同じ状態で進む。
なかなか自分にとってのGoサインにはならない。やるからには妥協したくないが、せざるを得ない状態が続く。
「あんまり躍起になるなよ」
徳永はそう言うが、進歩がなければ気持ちは焦る。
「充分製品になってるんやし…」
「はい。ありがとうございます。でも、自分的には、早よ徳永さんに追い付きたくて」
早く―。
既に5年以上、この作業を繰り返しているだろう。
この業務に就いた頃の自分を思い出し、比べてみると、颯希の器用さは目を見張るものがある。
徳永の顔が綻んだ。
「日向やったら、1ヶ月もしたら追い付けるわ」
―自信持っていい。
徳永は、そう言った。
1ヶ月。それは、早いのか? それとも遅いのか?
〜もしたら…というのは、その口ぶりだと「早い」と思っていいのだろう。それだけ難易度が高い作業だというのか。
3日でこなせる様になるなんて、無謀な目標を立ててしまったのかもしれない。しかし、立ててしまった以上、のんびりとはしていられない。
思い返せば、ギターだって、「Mr. Crowley」(オジー・オズボーン)という非常に難易度の高い楽曲を、1日3時間の練習で、3日目にはほぼ弾ける状態にした。趣味と仕事を同じ土俵に上げるべきではないかもしれないが、それだけ手先には自信がある。
集中すれば、こんな作業だって、手先指先を上手く使って3日で出来るはず。
低く見られたのとは逆で、これは高く期待されているのだ。
徳永の言葉を、颯希はそんな風に捉えた。
―自信…か。
3日で。
いよいよ今日は、その3日目だ。
「今日はどうする?」
徳永が訊いてくる。
今日は何故か、昨日までの覇気が薄れている。やる気がないのではなく、現状を客観的に見てみた結果の、心の変化なのだろう。
「ええ、自分が今日もやります。徳永さん、また見ててくださいね」
そう言って颯希は、一品目のセッティングに取り掛かった。
手を着ける前に、右手の人差し指を立て、口もとに当てて少し考えた。すべき事を確認していたのだ。
そして―。
「あっ…」
失敗した。「…んもう!」と小さく呟いて、すぐにやり直しに取り掛かる。
徳永は、その様子を黙って見ていた。しかし、昨日までとは違う颯希の目つきや仕草に、少し不思議そうな表情をしていた。
「よしっ!」
「お、これは綺麗やな」
「ありがとうございます! じゃ、(機械を)回しますね」
言葉使いも、どこか柔らかい。
「ほな、2回目やろか」
「はいっ!」
2品目に取り掛かるその腕の動き。昨日まで少し荒さを感じていたその動きが、今日は、丁寧というより寧ろ、しなやかになっている。
「出来ました。どうです?」
「ええな! この調子や」
―やったぁ!
颯希は小さくガッツポーズする。
3品目、4品目も、ミスなく綺麗に出来た。これには徳永も、満面の笑みを浮かべた。
「時間も早よなってるわ。凄いな、日向」
「そうなんですか!? うわぁ、ありがとうございます!!」
その様子を、真っ黒なデカい男が見に来た。
「室長、どうです?」
―フッ。
1mmの歪みもない綺麗な製品を見て、室長は少し笑った…様に見えた。何も言わないのなら、合格なのかもしれない。
颯希は、少しハイテンションで室長に声をかけたのを恥じたが、それでもその仕上がりには、自分自身でも少し納得していた。
「お先に失礼します」
帰り際、挨拶をする颯希に、室長は言った。
「明日から、徳永には梱包やってもらう。お前は1人でやれ」
それはつまり、「任せても大丈夫」という意味だろう。
「はいっ! 分かりました」
読んでいただき、ありがとうございます。
意気込んでいる時より、ゆっくり落ち着いて作業した方が、良い結果に繋がる。
仕事あるある…かな?
この器用さは、多方面に影響していく事になります。
もちろん音楽にもね!




