第2章 独立〜1〜
第2章スタートです。
3ピースバンドとなったNick Shock !
社会人になった颯希。
それぞれ別の大学に通う剛と彰人。
そして莉玖、穂花、詩織。
大人に近付いたそれぞれの心は、止めどなく激しく揺れ動きます。
その日颯希は、日直当番だった。
決して人前に出て喋る事など、得意ではない。朝と帰りの直前の学級会など、“苦”以外の何でもなかった。
人にはそれぞれ、得手不得手があり、それは個性として尊重されるのが望ましいのだが、面倒な事に、世の中には「平等」という言葉も存在する。
そんな苦手を「嫌だ」とも言えず、母親の好みの華やかな服を着せられ、「今日は特別やから」と自宅を送り出された。
何が特別なのだろう?
小学校低学年。まだ自分で着たい服を選べるには至っていない颯希だが、その日着せられた服は、実は颯希自身も嫌いではない。どちらかというと好きな部類に入る。
しかし、クラスの反応はこうだ。
「女の服〜!!」
女の子用ではなく、男の子用なのは間違いない。形や色が、他の子の服と比べて華やかなだけだ。
そして幼児期とは違い、自分は男だと分かっている。それ故に、この言葉には強い不快感を覚えた。
颯希は、そのイジメっ子達を泣きながら追いかけた。
そしてその次の日から、お気に入りだったはずの服も一切身に纏う事はなくなり、他の男子と同じ様な服装の中に埋もれていった。
*
4月1日―。
この日から、颯希は社会人だ。
面接から半年が経ち、ようやく耳が半分隠れるまで伸びた髪は、入社式というどうでもいい行事のために、再び切らざるを得なかった。
もちろん面接の様な堅苦しさはなく、刈り上げる事は回避している。
そして、身に纏う服装。
これが厄介で面倒だ。
同期の皆も同じ様に、紺色のスーツに白いシャツ、ネクタイ。その姿は個性など皆無だし、堅苦しい。
個性がないといえば、高校までの制服もそうだったのだが―。
それに比べてどうだ?
女子達の、個性豊かな服装。同じ様に「スーツ」と名の付く服装であっても、色、形は数えきれない程だ。
同日入社の新卒女子達は、色こそ紺や濃いめのグレーだが、皆自分に似合うものを上手にチョイスし、着こなしている。
言葉や態度で自己アピールが出来ない颯希にとって、服装というのは自己表現に関する大きなファクターだ。
しかし、社会人と称される者は、他人と違う格好をすれば“変人”扱いされる。
彼らの持つ固定観念は、フレッシュマン=スーツであり、上下揃いのジャケットにパンツ。しかも、なぜか皆、紺やグレー等、暗い色ばかりだ。
別に派手な色が好きという訳ではなく、私服では柔らかな印象の白を基調としたものが好みであり、それらを特別奇を衒ったものとは思わない。なのに、一般的にスーツといえば暗い色。そして、短髪が似合うデザインとなっている。
そしてシャツにネクタイ。自身のセンスを活かせるポイントはこの部分になる。
なのに「最初の印象は大切だから」などと、会社からも、家族からも、研修期間は白や淡いグレーのシャツを奨められる。
ならばもう、ネクタイ以外に自分らしさを見せる部分はない。
颯希は、派手になりすぎない物の中からなるべく人とイメージが被らない物を見つけ、チョイスしている。
「日向颯希と申します。何卒宜しくお願い致します」
現場作業に従事する事は、初めから分かっている。この会社では、営業職となるのは大卒と決まっているからだ。
それなのに、自己紹介ひとつ取っても、堅苦しい敬語が求められる。
工場見学で回った現場では、皆、荒々しい言葉使いだったはずなのだが。
兎に角、生活費とバンド活動に必要な金を稼ぐためだ。どれだけ意味のあるものかは分からないが、面倒くさい社内研修も我慢するしかない。
それにしても何だ? 同期の男子達は、どいつもこいつもウマが合わない。
大卒のイキった連中がセッティングし、同期会と銘打った飲み会なるものをやろうとするが、これがまた面倒くさい。
断るなど容易ではないが、出席すれば、奴らは何かと人を弄ったり、未成年に対し、酒をどんどん飲ませようとする。
法律も知らないのか!?
そして、上がってくる話題といえば…
「◯◯の飲み屋のねーちゃんが…」
「競馬で幾ら儲かった」
「◯◯の風俗店で…」
あぁ、全く興味ないし、聞きたくもない。
飲む・打つ・買う…別に自由だが、そんな話に付き合わされる者の身にもなって欲しい。
では、音楽の話題はどうだ?
「日向、お前、バンドやってるんやて? どんなん演ってんねん?」
「あ、洋楽のハードロック、ヘヴィ・メタル中心です」
「誰の?」
「オジー・オズボーンとか、ジューダス・プリースト、あと、レッド・ツェッペリン…」
「知らん! ええわお前」
―知らんかったら訊くなや!
そんなクソつまらない連中と時間を共にした、くだらない社内研修を終え、皆、各部署へと配属になる。
颯希は、製造部署の最終工程であり、出荷業務までを担う“検品・梱包課(inspection packing・通称IP課)”への配属となった。
読んでいただき、ありがとうございます。
私こと日多喜瑠璃も、高卒で就職しました。
最初の2週間に男女一緒に受けた研修では、接客やプレゼンテーションの他、社則なんかも教え込まれました。
女子は皆早く打ち解けたと思うのですが、一部の高卒男子は、まるで颯希みたく縦の繋がりに苦労していました。
そんな雰囲気が見え隠れするゆえに、同期会っていうのも出席はしたけど、正直言って個人的にはあまり気分の良いものではなかったかも…
コロナ禍以降、そういうのって消滅したのかな?




