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第1章 卒業〜1〜

第1章 スタートです!

颯希達は、高校3年生。

物語は、秋から始まります。

 颯希が生まれた日、父の実母、即ち颯希の祖母は、笑いながら言った。


「あら、男の子なの?」


 拍子抜けだったのだろう。祖母は、女の子を期待していたようだった。

 それは、父の兄夫婦の元に生まれたのが男の子3人兄弟だったからなのか? はたまた、颯希を身ごもる母の表情が意外にも穏やかで優しげだったからなのか?


 兎にも角にも颯希の両親は困惑した。何故困惑しなければならなかったのか、それは分からない。ただ―。


「少しの間やけど、お婆ちゃんに夢見させてあげよう」


 そんな想いはあった。だからなのかははっきりしないが、ただ流れのままに、生まれた男の子に中性的な名前を付けた。


「サッちゃん…」


 祖母は颯希が男の子であるのを知っている。にも関わらず、女の子であるかの様に呼んだ。それにつられるかの様に、両親も颯希を「サッちゃん」と呼んだ。

 その呼び名は、いつしか家族はおろか近所にも定着していた。



     *


「親と暮らしてると、自分が分からん様になる」


 莉玖の「何で1人暮らし?」という問いかけに、颯希はそう答えた。


「働くにしたって、遠くへ行く訳でもないし。両親と一緒に暮らしてたら、経済的にも有利なんちゃうの?」


 確かにそれはそうだろう。莉玖は、ごく自然にそんな疑問を抱いた。


 颯希は、母や祖母に対し、特別嫌悪感を抱いている訳ではない。ただ、「やりたい事をやれ」と言う癖にやる事なす事否定してくる父の態度には、(いささ)かうんざりしている。


 ギター1本にしたってそうだ。

 確かに高校生が持つにはかなり高価だが、最高のトーンを求めて選んだ1本に対し、「無駄遣いが過ぎる」などと父は叱責した。

 5万円も出せば、見た目はそっくりのギターが手に入る。まだ高校生なのだから、それでいいのではないかと。


 ただ自宅で練習するだけなら、そうなのかもしれない。しかし、颯希の場合は違う。


 音楽を決定付けるのは音だ。お金を払って聴きに来てくれるお客様の事を思えば、5万円のそれでは音に納得出来ない。

 高校生だから? そんな理由で妥協するなんて考えられない。颯希の持つ“音への感覚と拘り”は、周囲の人が理解し得るレベルを遥かに超えている。

 だからこそ、身を削るようにアルバイトをして、高級ギターを手に入れたのだ。


 一方で、所詮父の耳では、微妙な音の違いなんか聴き分けられない。

 そしてこの人は、我が息子の能力を肯定しない。

「お前にギターなんか弾けるんか?」「お前がこんな歌を歌えるんか?」など、その才能や努力に目を向けようとせず、勝手に思い描いた“おとなしくて頼りない息子”というイメージに固執するだけだ。


 颯希は、何かにつけて父とは合わない。

 だが莉玖には、颯希の親子関係の本質など知る由もない。


「お父さん、淋しがるやろね」


 莉玖は、一般論でそんな事を言った。

 颯希は少し不機嫌になった。


「何が言いたいねん?」


 莉玖を睨む事など出来ないが、少しきつい口調で言葉を返すと、「もう行くわ」と一言残して、到着したバスに乗り込み、いつものスタジオに向かった。




「おう! 颯希」


 颯希より少し遅れてスタジオにやって来たのは、バンドのリーダーでベース担当の松山剛(まつやまたける)

 天然パーマの髪が、まるでカーリーヘアの様にクリンクリンしている。

 リーダーシップが強く、男子からは「タケ」、女子からは「タケさん」と呼ばれる。


「何してんねん。中、入っとけや。」

「い、いや…」

「もう…恥ずかしい事あらへんやんけ」


 恥ずかしいなんて事はない。自分が1番に着くという状況が苦手なだけだ。


「ま、お前のこっちゃしな。しゃあないな」


 気の知れた仲間であり、幼い頃からの友人だ。苦笑いしながらも、少しホッとする。剛はスタジオのドアを開けた。


「おうっ!」

「みんな、いるやんけ」

「何や颯希、またドアの前で固まっとったんか。はは…」


 先にスタジオに入っていたのは、ドラムスの柳井彰人(やないあきと)

 ゴツい体つきをしたボウズ頭の大男。

 その容姿から「ゴリ」とも呼ばれるが、激しい気性とは裏腹に几帳面で、弱者に対しては優しさも併せ持ち、女子達は「アッ君」と呼んだりもする。


 そしてもう1人のギター担当の廣川礼。

 ロン毛で、痩せてはいるがかなりの長身だ。

 独特の雰囲気を纏い、嫌われてはいないものの、一目置かれている存在だ。


「どうした? 颯希。真面目そうな頭して」

「またそれか…」


 ついさっき、莉玖から言われたばかりだ。


「またって? 今会うたとこやん」


 そうなのだ。髪を切ったのは昨日の夕方。その後は自宅に帰った。そして今日ここに来る前に偶然莉玖に会い、その話をしただけだ。

 バンドのメンバーに会うのは、髪を切ってからは初めてだ。なのにもう、聞き飽きるぐらい聞いている気がする。


「分かってる癖に…」

「面接か。お前、ホンマに就職すんねや?」

「うん。勉強嫌いやし、金欲しいし、家…出たいしな」


 颯希はそう言葉を返した。もちろん本心だ。


 しかしそれ以上に、環境が変わる事を意識すればするほど襲ってくる不安。


 ―コイツらなら受け止めてくれるんやろか?

 ―コイツらと離れるんやったら、ルールと個人個人の責任感に守られてるはずの社会の方が、俺の居場所を確保出来るはず。


 愛器を肩から下げ、弦を弾いてチューナーを回しながら、颯希はそんな事を思った。


「このメンバーで()るんも、あと何回やろな」


 剛がそう呟くと、感情が込み上げてきた。


「淋しい事言うなや」

「すまん。思いっ切りいこか!!」

「何やる?」

「あの…」


 颯希の言葉で、一瞬皆の声が、動きが止まった。


「『Rock & Roll』歌わしてくれ」


 他の3人が顔を見合わせ、互いに頷く。


「(レッド)ツェッペリンか!」


 礼がニヤリと笑った。剛は目を瞑ってもう一度頷く。


「しゃあっ!!」


 彰人が叫び、ドラムスを叩き始める。

 ギターが、ベースが、豪快なトーンを重ね、激しくも熱いサウンドを奏でる。


 颯希は声を張り上げた。Aコードで始まるアップテンポなナンバー。衝撃的なハイトーンヴォイス。これを原曲キーのまま歌いこなすなど―。


 ―ええぞ、颯希! お前にしか無理なんや、この曲は。


 曲中、3人はまた顔を見合わせて頷いた。その小さく華奢な身体からは想像もつかない程の、パワフルなヴォイス。

 これだからこのバンドは楽しい。


 4人の心は、これからも1つだ。

 この時、みんなそう思っていた。

読んでいただき、ありがとうございます。


物語は2000年以降での設定(明確にはしません)ですが、演奏される楽曲は、1970年代〜1980年代の洋楽を中心にしています。

ギターテクニックが光る“ハードロック”のルーツを遡ると、この年代に辿り着きました。

その意図などは、またどこかのタイミングでお話出来ればと考えています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今晩は。唐突に失礼致します。 以前から、礼をきちんと言いたくて。 何時も沢山の応援有難う御座います。 レッチリですか。最高のサウンドですね。←一度読んだら嵌ると分かっていたので、のんびり…
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