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第1章 卒業〜17〜

第1章〜17〜

入試会場へ向かう2人の、意外な巡り合わせ?

意外と優しい。

そして、意外と…

 彰人は1人、洛北芸術大学へと向かうバスに乗った。

 少しナーバスになっていた。バスに同乗する受験生と思しき若者の姿が、皆、知的に見えてくる。


「賢そうやな、どいつもこいつも」

 ―あかん! そう思たら負けや。


 自分に言い聞かせ、奮い立たせる。他人なんてどうでもいい。自分の力を出し切る。ただそれだけでいい。



 朝早いというのに、バスは、観光都市特有とも言える他府県ナンバーのマイカーによる渋滞に巻き込まれていた。


 彰人は、いつも待ち合わせ時間には間に合うどころか早く着く程の律儀な気質。ワイルドなロックバンドのドラマーという見た目からは、意外とも言える性格の持ち主だ。


 もちろんこの日も早すぎるぐらいのバスに乗ったのだが、ノロノロとしか進まない状況に落ち着きを失う。

 気が短い性格は、こういう時に行動を早める。そこは長所なのかもしれないが、兎に角イライラしてしまうのは逆に短所だ。


 バスは、ようやく会場となる大学の前に到着した。

 彰人はバスを降り、一息つく。ふと見ると、同系統のバスがもう1台、その直後に到着していた。


「お、酒井」

「えっ!?」


 後のバスから降りて来た乗客。

 見覚えのあるその顔。

 穂花だ。自信なさげに、どんよりと暗い表情で俯いていたが、彰人の声が聞こえるとビクッと顔を上げた。


「お前、ここ受けんねや」

「う…うん…」

「何学科?」

「お…音楽」

「マジか! 一緒やんけ!!」

 ―あ、あぁ…。


 バス停から会場まで、並んで歩く。知った顔など、他に見当たらない。

 穂花は少し焦ったが、彰人の笑顔に少し安堵した。


「そうかぁ。同じ大学受けるって、意外やなぁ」

「そ、そうかな」

「お互い受かったら、また顔合わす事出来るな!」


 そう言って彰人は笑う。何だか嬉しそうな、その口ぶり。

 対する穂花は、少し困った表情を見せた。


「あたし…落ちるわ。何も勉強出来てへんし」


 そんな穂花の言葉を聞いて少し淋しそうな表情になった彰人は、腕時計を見る。まだ時間はたっぷりある。


「な、酒井。ちょっと話してええか?」


 何を話すつもりだろう? 説教ならご勘弁だ。


「ごめん。あんまり聞きたくない」

「んんっ? あんまりっちゅう事は、少しは聞いてもええんやな?」

「それ、反則やし…」


 彰人の思わぬ巧みな切り返しに、穂花は断る事も出来ず、少し頷いた。



「お前、何でここ受けよう思たんや?」

「そ、それは…」

 ―音楽に触れたかったから。何故か音楽に興味が湧いたから。その訳は言えへんけど。


 聞こえたのか、聞こえなかったのか。彰人は続けた。


「高校卒業してからの進路なんてな、選び放題やん。その中から自分で選んだのが、ここやろ?」

「そう…なんやけど」

 ―でも、もう触れる理由はなくなったかもしれへん。


 穂花の本当の気持ちなど知る由もない彰人。俯く穂花とは正反対の張りのある声色。

 その明るさが、少し鼻につく。


「ほな、落ちるなんて考えるなよ。いや、受かるとも考えんでいい。先の事なんか」


 そう言った彰人は、右手の人差し指を曲げて顎に当てた。そして少しだけ間を置いてから、話を続けた。


「はは…お前の頭ん中って、情報量多すぎんねん」

「うるさいわ…」

「はは…でも間違うてへんやろな。そやから、試験の時に必要な…今必要な情報だけ取り出して、あとのど〜でもええ情報はしまっといたらええやん。そしたら、受験勉強なんか出来てへんでも、授業で習った事ばっかり残ってくるやん。その、残った情報を活用したら、とりあえずは回答出来ひんけ?」

 ―俺みたいなアホは、そんな上手いこと行かんけどな。


 彰人は、少し微笑んで穂花にそう言った後、自分を笑い飛ばした。


「誰かて受かるか落ちるかなんて分からへん。今の自分を出し切る。それだけやん」


 ちょっとクサイか? などと言って、彰人はまた笑った。穂花は、ようやく言葉らしい言葉を話し始めた。


「あたし…」

「うん」

「あたし、人の噂ばっかり立てて喜んでた。でも…」


 穂花の目に、涙が浮かんだ。


「でも、その結果が自分の噂。自分の噂が立つって、こんなに辛いんやって…初めて思った」


 感情が一気に溢れ出した。まさか、耳を傾けてくれるなんて思ってもみなかった。

 穂花は、初めて人前で頬を濡らした。


 彰人は、穂花の顔を見た。その目は、彰人に向けられていた。こんな時にまで、何かを必死に訴えようとしている。そんな気がした。


「そ、か。それも勉強やな」


 そう言った彰人の左腕を、穂花はしがみつく様な仕草で両手で掴んだ。流れる涙はそのままに、少し目を瞑った。


「そろそろ時間やな。さ!! 行くぞ!!」

「うん!!」

読んでいただき、ありがとうございます。


実は日多喜瑠璃、大学へは行ってないので入試も経験なし。颯希や詩織と同じ、就職組だったのです。

もちろん、張り詰めた(?)試験の様子なんて知る由もなく、ストーリーの中でも重要視していません(出来ません。割愛…笑)。


冷えきった心に、温かいスープを注ぐ。

この人の前なら、泣いてもいい。

描きながら、自分が穂花であるかのような気持ちになって、瑠璃も少し…ね。

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