第1章 卒業〜16〜
第1章〜16〜
入試間近のナーバスな心に、一気に降りかかる様々な出来事。
これも青春…なのでしょうか?
何となく家を出て、地下鉄に乗って、何となく駅前のカフェへ。
勉強も恋も、何もかもが上手くいかないもどかしさが苛立ちとなり、押し潰されそうになる。
女子高生の夜道のひとり歩きなど、リスクが高い。「出かけてくる」などと言うと、両親は間違いなく引き止めるだろう。
穂花は、両親に黙って、そっと自宅を出て来た。日中なら問題ないが、夜ともなるとかなり大胆な気分転換の手段だ。
―全部あたしが悪いんや。全部。
「何人傷付いてる思てんの!!」
莉玖に言われたその言葉が、胸の中で渦巻く。噂話の出所は、いつも自分だった。そんな事ばかりしていたから、自分の恋はツキに見放されている。
今更ながら、穂花はそんな事を思い始めている。
店内に居る、楽しそうにお喋りする社会人女性達がウザかった。穂花はホットコーヒーをテイクアウトし、駅近くの公園へ向かった。
冬の高気圧は夜空に浮かぶ雲を一掃し、放射冷却で気温を下げていく。
スエットにダウンコートを羽織っただけの姿。たったそれだけの服装は、真冬の夜の外出にはあまりにも軽装だ。
―寒い。
少し後悔した。自宅に居た方が良かったかもしれない。そう思いながら、公園のベンチに目をやる。
その刹那、血の気が引くような感覚に襲われた。
「し…お……り?」
涙を流しているのに笑顔で話す詩織と、優しい表情で耳を傾ける颯希。まさかこんな所で見かけるとは、思ってもみなかった。
―あ、あぁ。
凍りつくような左手。その指先からカップが滑り落ちた。
ヒビの入ったガラス細工のように、危うい状態で形を維持し、耐えていた穂花の恋心。それは、2人の並ぶ姿を見て脆くも崩れた。
颯希と詩織は立ち上がり、穂花の視界から去って行った。
2人の姿を目で追う事も出来ず、絶望感に襲われ、穂花は呆然と立ち尽くした。
分かっていた。分かっていたはずなのに―。
「彼女っ!」
―はっ?
「こんな夜に1人で…どうしたの? 泣いてんの?」
「あ、な、何でもない…」
「何もないんやったら、そこ、カラオケでも行かへん? スカッとするよ」
―これって、もしかして?
緊張が、全身を突き抜ける。
「あ、か、帰って勉強しやな」
「勉強? 何の勉強? はは…なら、俺らが教えてあげるよ」
―ヤバい。こいつら、不純な事を考えているはずやわ。
咄嗟にそう感じた穂花は、逃れる術を探る。
目の前には、金のネックレスを身に付けた、何故か薄着の男。その右側には、鼻にピアスをした顎髭の男。
正月の浮かれ気分が抜けない様子の、見るからにチャラい男達。
そうだ。声だ。自分には、よく通る大きな声がある。
全身に力を込め、穂花は叫び声を上げた。
「いやぁーーーっ!!」
その声は、巡回する警察官に届いた。
「何? どうしました!?」
「うっ、ヤバ…」
2人の警察官が駆け寄って来た。
穂花に声をかけてきた下心丸見えの男達は、慌てて逃げ去った。
「君は?」
警察官は、穂花の前に立つ。
10代女性の夜のひとり歩き。その服装。さながら家出少女の様な、最も危険と思われる出で立ち。
穂花は、そのまま駅前交番へと手を引かれて行った。
―あぁ、もう、全てが終わった。
悪い事なんて、何もしていない。ただ駅前のカフェでコーヒーをテイクアウトし、公園で飲もうと思っただけだ。強いて言うなら、家族に黙って出て来た事ぐらいか。
くだらない連中が声をかけてこなければ、自分で勝手に傷付いて泣いていただけなのだ。
「あたし…受験勉強の気分転換に、カフェに来ただけ…それだけなんです」
住所、氏名、学校名。
聞けば、確かに家出とは言えない。
「兎に角ね、女の子の夜のひとり歩きは危険やから。お父さんが迎えに来てくれはるから、一緒に帰りなさい」
気分転換に―。
そう言ったところで、勉強などろくに出来ていない。挙句のこの結果だ。
厳しく叱られるのは仕方ないし、当然だと思う。
ただ―。
地下鉄の出口から自宅へ向かう夜道。父親に言い訳をする声を、誰かが聞いたのだろう。
穂花の補導に関する噂は、どこからともなく広まっていた。
「交番に連れて行かれたんやってよ」
「あの子、何やったん?」
ヒソヒソ話が、左右から、背後から、聞こえる気がする。
噂を共有し、恋バナネタとして盛り上がっていたはずの仲間…いや、仲間だった女生徒達も、今や穂花の話題で持ちきりだ。
―言いたい事があるんやったら、面と向かって言うてくれたらいいのに。
そんな風に思ってみたところで、自分自身がやってきた事を思い返せば、何も言えない。言う資格もない。
苦しさ、悔しさで、張り裂けそうだ。
それでも穂花は、残り少ない高校での授業には出席した。
あと少しの高校生活。
誰と話す事も出来ず、誰の顔を見る事も出来ず、仲良しだったはずの詩織でさえ目を合わす事も出来ず、もちろん、好きだった颯希の姿からも目を逸らす。
ただ俯いたまま、1日1日、流れが止まったかのような長い時間を過ごした。
学校を休めば、それこそ何もかもが終わると思っていた。
分かって欲しいなどとは、もう思わない。
ただ、ちゃんと卒業したかった。
だから、必死の思いで出席した。
2月。
冷たい北風が吹く京都市内。
いくつものエピソードが渦巻く中、いよいよ私立大学の入試が幕を開けた。
読んでいただき、ありがとうございます。
読者様の多くは、おそらく穂花が苦手なのではないでしょうか?
でも、嫌わないであげてください。
一生懸命生きてますからね。
今回は、これを描いてる瑠璃自身も、胸が痛くなりました。




