第1章 卒業〜15〜
第1章〜15〜
動き出した恋と、見守る事しか出来ない女子たちの心。
それぞれの想いの行方は?
時は足早に過ぎ、受験生も追い込みをかける1月。
何事もなく、進路や勉強で頭がいっぱいだった正月も、既に過ぎ去っていた。
―つまらない冬。
思えば、クリスマスだって何もしていない。自宅でケーキを食べたぐらいか。
穂花は、自身の進展の見込めない恋と、同じく進展の見込めないライバルの恋に日々翻弄され、心が落ち着かないままに間もなく受験を迎える。
何もしない訳にはいかない。とりあえず、机に向かってみる。
―ああ。
何をしてたのだろう。おおよそ解読不可能なノートを広げ、深くため息をついた。
高校生活の3年間、人の恋バナばかり気にして、勉強なんてろくにしていない。試験前になって、慌てて教科書を広げた。
今だってそうだ。進路を左右する大学受験。なのに、一体何を身に付けてきたというのか。
なのに、そんな土壇場でさえ他人の恋が気になって仕方ない。
他人の恋? いや、実はそれは、自分自身の恋だ。
就職活動を終え、一気に動き出した、友達・滝川詩織の恋。
受験という大切なイベントを控えた穂花は、そこに割り込む余裕もなく、かと言って教科書を開く気にもなれず、ただ妄想を描く。
―もし詩織の恋が破れたら。
「ああっ! もう…」
力任せに押さえつけたシャーペンの芯が、軽い音と共に折れる。
気付かなければよかった。
可愛い男の子・日向颯希。
ただ可愛いと思っていただけのはずなのに、詩織がアプローチしている現状が気に食わない。
―こんな事ばっかり考えるから、モテへんねやわ、あたし。いや、ちょっと待って。モテたいの? あたし…。違うやん。
そんな風に、何度も自問自答を繰り返したが、それでも答に辿り着けない。
穂花は、立ち上がり、机に背を向けた。
「夜やけど、ちょっと外の空気吸ってみよ」
同じ時、詩織は颯希を呼び出していた。
恋愛に関しては極めて鈍感な颯希だから、ただ誘われて乗っかっただけの様にJRの駅前に居た。
「日向くぅん!」
詩織の呼ぶ声だ。バス停の方から手を振って駆け寄ってくる。
「お、おう」
「ごめんね、呼び出したりして」
「いや、別にいいよ」
「ライブハウスなんて、行った事なかったから…日向君、ついて来てくれたら心強いし」
「何やそれ。あははは…」
少し冗談っぽく笑ってみた。
実は自分も…1人で扉を開けるなんて出来ない。しかし、そんな事は言える訳もなく、少し遠慮がちに詩織をからかう様に、颯希は笑った。
「もう、笑わんといてぇよ」
―あははは!
2人は駅前の道をそのまま歩き出し、5分程歩いた所にある、駅近くのライブハウスの扉を開けた。
「ジャズなんて、しーちゃん、シブイな」
「だって、文化祭ん時、『ジャズで使われるテクニック』って言うてたから。日向君、聴くんやな〜って思って」
「あぁ、演ったな。音楽はいろいろ聴くで」
「うん。よかった」
ジャズには詳しい訳ではない。出演バンドの事も、よく知らない。ジャズはロック程一般に幅広く浸透している訳ではなく、違いの分かる大人達の音楽というイメージだ。
颯希の興味の対象は、もちろんそのギタープレイにある。尊敬するアーチストの1人、TOTOのスティーブ・ルカサーのように、ありとあらゆるジャンルの音楽に触れ、それらを自らのギターに取り入れる事が出来たなら、もっともっと楽しくなるはずだ。
18:00になり、出演するバンドがステージに立つ。
簡単な挨拶のあと、楽曲がスタートした。
「すっごい!」
颯希の隣で、詩織は目を丸くしていた。
コード進行など、あってないようなもの。
リズムなんてバラバラのように聴こえて、それでもピッタリ合っている。
その雰囲気も、会場にいる客層もロックのそれとは異なる中で、瞬きひとつさえもったいないと思える程に、見所は目白押しだ。
世界的に有名なギタリストを追いかけてきた颯希だが、数多あるジャンルの中に必ずやいる“凄腕”ミュージシャンのプレイを目の前にし、ただ圧倒されるばかりだ。
音楽に詳しくない詩織とて、その凄さには胸を打たれた。
2時間半のライブは、あっという間に終わってしまった。
「凄かったね!」
「やっぱりプロは違うわ。ははは…自分も、もっと練習しやなあかんなぁ」
「日向君は凄いよ。あたしはそう思うよ」
そう言った詩織の目に、涙が少し溢れた。颯希はすぐに気付いたが、敢えて聞くまいと思った。
「そこ、座っていい?」
「あ、あぁ」
「あのね…」
駅前の公園のベンチに座る。冷たさが身に染みる様だ。
詩織は俯いた。唇が震えた。言葉にならない程の感情が、胸を行き交う。
目の前を、仕事帰りのサラリーマンが通り過ぎる。夜の公園といっても、駅前は賑やかだ。
そんな中、人目も気にせず、詩織は深く俯いて目を擦った。
「あたし…」
「うん」
「あたし…卒業したら、名古屋に行くの」
「就職?」
「そう。名古屋の会社の事務。だから…」
今日、2人きりで出かけてくれて、いい思い出が出来た。詩織は…涙ながらにそう言った。
「しーちゃん…」
「あたし、今までいっぱい夢を見てきた。幸せな夢。でも…」
―夢は夢でしかない。
「日向君は、就職したら一人暮らしやんね?」
「うん。独立して、しっかり働いて、でも音楽は続けていきたいから」
「カッコいい」
「そんな事ないよ。親から逃げたいだけや」
「ううん、あたしなんか、親と離れたって結局は親戚の家に住むんやし」
―一人暮らしする勇気があったら。
「あたし、アホやろ? 小綺麗なマンションに1人で住んで、お洒落して、素敵な恋人…」
そこまで言って、詩織は颯希の横顔を見た。
「素敵な恋人が出来て、そしたら仕事辞めて結婚して…って。小説の読み過ぎやんね。そんな勇気もないし、好きな人に『好き』ってすら言えへん人やのに…そんな夢ばっかり」
「そう言うなよ。生活変わったら、何か掴めるかもしれんし」
詩織を励ますつもりで、颯希はそう言った。
「何で? そんな風に言われたって…あたし、一番大事にしたいものを失おうとしてるねんで!」
―一番大事にしたいもの?
詩織はそう言うと、ハッとした仕草で口を覆った。
告白するなら、今しかない。だけど、そんな事をすると、この日の出来事が激しい衝撃音と共に崩れ、消えていくかもしれない。
きっとこれは、生涯心の片隅にしまっておく思い出にすべき事。そう自分に言い聞かせ、この想いを噛み殺した。
「ごめんね。なんか感傷的になってしまった」
「ええよ。聞くことしか出来ひんけど、心に溜め込まんと話せる事は話してな」
「うん、ありがとう。でも、いいの」
―だって、日向君にはもっとお似合いの人がいるもん。
読んでいただき、ありがとうございます。
TOTOと言えば、アルバム「TOTO Ⅳ〜聖なる剣〜」(1982年リリース)と、その1曲目に収録されている「ロザーナ」でグラミー賞を受賞しています。
ロックを主軸に多彩な音楽性を持たせた、このアルバム。このあとがきを書いている今日、CD買っちゃいました。
さて、颯希にアプローチする詩織…。
なんと、京都を離れる!?
その真っ直ぐな恋は実らないのでしょうか。




