第1章 卒業〜14〜
第1章〜14〜
今回は、女子たちのお話です。
それぞれの想い、それぞれのポジション…
その行方は…?
「日向く〜ん!」
それからというもの、詩織は、放課後の下駄箱辺りで颯希を待ち伏せたりする様になった。
待ち伏せだと言うと聞こえが良くないかもしれないが、純粋に、顔を見たい。話をしたい。時間を共有したい。そんな想いで、帰宅する颯希を待ち、そして追った。
「こないだはありがとう。あたし、高原君が怖くて…」
「もう、あいつの名前なんか出すなよ」
―うん! そうね。
2人は黙って歩き出す。「何か話さなきゃ…」などという焦りにも似た気持ち…そんなものも感じない。
人付き合いや会話が得意ではない事はお互い様で、それはよく分かっている。だから、ただ一緒に歩いた。そして詩織は、少し俯き加減で微笑んでいた。
12月。冬休みももう間近だ。思えば、日が落ちるのも随分と早くなっていた。
いつからか颯希は、自宅に帰る時間をあえて遅くしている。
あまり家庭が居心地良くないと感じているからだが、教室を出る頃には辺りも薄暗くなっている。
そんな颯希が教室を出るのを、詩織はいつも待っていた。時間潰しに恋愛小説を読んでいた。
校舎を後にする颯希。それを追いかける詩織。穂花は、そんな2人の後姿を目で追う事しか出来なかった。
「酒井…」
「あ、福島…」
「出遅れた…ね」
枯れ葉が舞い、緩やかに2人の目の前を横切った。柔らかな風が頬をなでる。
冷たさ…いや、少し淋しさを感じた。
「まだ…負けた訳じゃないし」
―うん。
穂花の言葉に小さく頷きながら、莉玖の心は複雑に揺れた。
その夜、莉玖は窓の外を見つめていた。
真っ暗な住宅街。窓の明かりと街灯。それ以外に何が見えるというのか。何を想い、見つめているのか。
満月から2日過ぎ、少し形の崩れた月が、晩秋の晴れた空にひときわ明るい光を放つ。
気が付けば、受験まではもう日にちもわずか。受験生にとって、クリスマスや正月で浮かれている時間などない。
―勉強しやな。
ふと我に返り、そう思う。
思ってみたものの、全く手につかず、無意味にスマートフォンを触ってみる。
一途に颯希を想い、柄にもなく積極的にアプローチする詩織。
一見“攻め”な様で、その一歩を踏み出せずにいる穂花。
どちらを応援するという訳でもなく、成り行きを見守ろうとする。そんな自分の位置に、何故かもどかしさを感じる。
―違う。そんなんじゃない。でも…。
「あぁ、なんか落ち着かへんわ。何やろ、これ」
ひとりそう呟くと、カーテンを閉めて部屋を見渡した後、両腕を頭の後に回して深呼吸してみる。
壁には、レッド・ツェッペリンのポスター。
洋楽ロックはよく知らない。颯希が熱く語った伝説のバンド。それだけの理由だ。
その下の棚には、AKB48のCD。颯希と一緒に歌い踊ろうと思い、母親に買ってもらった物。
莉玖は、CDをそっと手に取る。
しばらくジャケットを見つめると、それを机に置いて、腕を、体を動かし、歌を口ずさんだ。
―僕、AKB48になりたい!
あの言葉。
満面の笑みを浮かべてそう言った、子供の頃の颯希。
―なれるといいね!
それをおかしいとも何とも思わず、エールを送った自分。
あの頃、いつもそばに居た。一番近くに居た。
颯希は…いつの間にか大人びた。自分と遊んだ幼少の頃の颯希とは、距離感までも違っている。
そして、そんな颯希を巡って、自分以外の2人が情熱をぶつけ合っている。
恋バナが好きで、いつも誰かの恋に憧れを抱いていた穂花と、内気で、自分以外にはプライバシーを話さなかった詩織が…
ぶつけ合っている。
莉玖は、ふと2年生の頃を思い出した。
―あの時、サッちゃんが今みたいに強かったら…。
顔より下に目線を滑らせ、「付き合おう」と迫る高原。
必死に断り続ける莉玖。
その様子を見ながら、颯希は何も言えなかった。
「や、やめろや…」
高くうわずった声で、それだけを言った。
高原は、鼻で笑った。
「福島、こんな奴と、何で一緒に居るねん…?」
不機嫌そうに苦笑いを浮かべ、高原はそう言うと、その後も莉玖に言い寄った。
莉玖は、自分の担任教師に相談した。
颯希の気の弱さは、幼い頃からずっと見てきた。分かっている事だ。
なのに、なのにとても悔しく、悲しい気持ちになった。
―AKB48に…。
「子供の頃から、あたしがずっとリードしてきたからかなぁ」
颯希は男の子だから…と、男らしい剛と友達になる事を奨めたのも、自分だった。
剛は強くて優しい。弱々しい颯希をしっかりリードしながら、颯希の個性も大切にしてくれた。
それでも颯希は、なかなか“漢”にはなってくれなかった。
今はどうなのだろう?
―あ、勉強するんやった。
教科書の文字がぼやける。焦点が合わない。頭に浮かぶのは、サラサラの髪を靡かせて踊る颯希の事ばかり。
「でもサッちゃん、意外と男らしいんやなぁ」
剛から聞かされ、颯希と詩織の一件を知った莉玖は、笑顔にもなれずにそっと呟いた。
子供の頃から全く変わっていないと感じていた。そう感じていたはずなのに、実は違う。
戸惑いすら感じる中、莉玖は自分のポジションについて確かめていた。
答は出ない。
今の気持ちのままでいる限りは―。
読んでいただき、ありがとうございます。
近いようで遠い、“幼なじみ”というポジション。
その心の内でいつも身近にいる颯希の存在。
好きっていう感情のあるなしに関わらず、この微妙な距離に揺れ動く莉玖の心。
上手く描けたでしょうか?




