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第6章 飛翔〜4〜

第6章 〜4〜


優しく重い言葉を得て涙する。

ダークな音色も、新たなスタートへのエッセンス。


※デリケートな内容が含まれます。

 結局のところ、全て自分に跳ね返ってくる。“容疑者”として世間に知られる事となった高原は、拘置所の中で1人、ただただ自分の愚かな行為を省みるだけだ。


 あの背中が憎かった。

 憎む理由なんてないはずなのに、あの瞬間に「此奴さえ居なければ…」などと思ってしまった。


「自分の心を肯定する事」


 ゲイと呼ばれる事に嫌悪感を持っていた。肯定すれば楽だったのかもしれない。しかし、他人のマイノリティをネタにして初めて自己肯定感を得ていた高原にとって、自身がLGBTQに該当する人である事を認めるなど、出来る訳もなかった。

 それ故なのか、支援の言葉をかけられたにも関わらず、攻撃的感情を露にしてしまった。


 被害者である福本は、何も語れない。

 自分に背中を向けた理由も問い質せない。


 孤独感だけが、その身を包む。

 父親が経営する会社だって、自身の犯した罪によって信用を失った。風評ではあるが、世の中なんてそんなものだ。

 当然、家族の誰ひとりとして面会になど訪れない。


「貴方は何故、そこまでして自己否定してきたの?」


 ただ1人、高原に声をかける女性が居た。

 八坂署から小野署へと転勤になった、西田という女性警察官だ。

 西田は颯希と出会って以来、ジェンダー問題について深く考えるようになった。

 被害者である福本とも交流を持った。

 本当は、容疑者である高原が憎い。しかし、自身の立場上一方的に彼を責める事も出来ないでいる。


 西田は交通課勤務であり、こういった刑事事件に携わる訳ではない。

 被害者である福本の知人という立場で、加害容疑者との面談を申し出た。

 どうしても聞きたい事がある。

 いや、聞かねばならない事がある。


「福本さんを襲った理由は聞いています。大切なのは、それより奥のもっと深い部分」


 深い部分と言われれば、高原は落ち着きを失う。様子を見ながら西田は、何故それを話して欲しいのかを説いてみる。


「もし…ですよ。もし貴方が何かの理由で生きづらさを感じているとすれば、それは貴方が悪いのではなくて、日本という国の対応力や、個々の意識の持ち方が、海外と比べてまだ足踏み状態なのだと考えられるんです。今、私のよく知るミュージシャンの子がね、音楽を通じて訴えようとしています」

「さつきちゃん…ですよね?」

「そう。同じ職場に居たのね」

「はい…」

「実はね、ギター女子さつきちゃんの仕掛人、私なの。颯希さんは“鴨川美化運動ライブ”を提案してくれたんですけど、私かさつきちゃんって呼んだから」


 少し話が逸れたかもしれない。そう言って西田は、軌道修正した。


「ね、話しにくいでしょうから、まずこれだけは聞いて欲しい。今さっき、日本はまだ足踏み状態って言いましたよね。何の事か分かります?」


 高原は少し口篭った。分かってはいるが、答を言えば、また自分の事を言われる。それが嫌だ。


「ね、高原さん。自分を隠して、偽って生きる人、私も、沢山見てきています。自身を明かさないが故に、人とのコミュニケーションも取れなくて、孤独になって辛い思いを何年も…」

「やめてください!」

「あ、ごめんなさい。でも、もう少し聞いて。世の中ね、他人の弱点を暴露して虐める人もいる。でも、それ以上に他人を認める人が多い。弱点なんて言うけど、それは弱点じゃなくて個性なの。個性は尊重されるべきなんですよ。ほら、例えば、厳つい顔つきの男性俳優さんが、とってもスイーツ好きって仰ってましたよね。見た目とつり合わないからと言ってその俳優さんを罵る人なんて、見た事ない。逆にバラエティ番組によく出てはりましたよね」


 好きなものは好き。高原の知るところで言えば、颯希は男子として扱われていたが、いつも可愛いキャラクターグッズを大切に使っていた。


「僕は、さつきちゃんのそれをネタにして揶揄ってたんです。他人の個性を弱点に変えて、馬鹿にしていたんです」

「認めてあげられなかったのは、何で?」


 また高原は口篭った。しかし、思い切って話してみると楽になれるかもしれないとも思った。


「さつきちゃんを認めると、負けた気がしました。僕は男子が好きなのに、それを言えば馬鹿にされる。だから…」

「だから?」

「人より強くなれば、バレへんし揶揄われる事もないんです。だから、さつきちゃんの個性を馬鹿にして、先手を取ったんです」


 西田は、笑うでもなく怒るでもなく、落ち着いた表情で聞いていた。何かしらの感情が見えたなら、きっと高原は何も話さなくなるだろう。


「僕は謝罪しようとしました。でもあの人は、『貴方は謝罪すれば終わりでも、日向さんの心の傷は癒えないんですよ』って言ったんです。僕はもう、なす術がなくなりました」

「残念ながら、それは間違ってないです」

「はい。身に染みています。僕は、あの人の運動能力を奪って植物状態にしてしまいました。いくら謝罪しても、あの人が起き上がる事はないんですよね。言葉だけの謝罪なんて、何の意味も持たない。それは…それは……」


 もう何も言う事はない。判決が下れば、従うのみ。高原は、泣き声で言葉にも出来ない思いを西田に伝えようとした。

 そんな高原の思いを、西田は察知し、理解した。


「貴方ね、真面目に服役して、出て来たら今度は、支援する側になりなさい。ジェンダー問題なんていう言葉も、海外みたいに当たり前になれば、いつかはなくなります。その時まで、頑張りましょう」



 幼少の頃から、エリートであった父親の顔色ばかり見て育った。

 それは、いつしか父親への憎しみへと変わり、反発心を呼び起こす事になった。

 父親は、頭が良くて優しい。沢山の従業員に慕われる社長だ。

 しかし、ジェンダー問題に関しては、その考え方は海外と比べてかなり遅れを取っている。

 それが疎ましい。

 自分とは正反対の父親の、困り顔を見たい。そんな歪んだ思いが、徐々に攻撃性へと変わっていった。


 そんな自分にさえ、優しい言葉遣いで対応してくれた福本。

 そんな自分の閉した心の扉の鍵を開けてくれた、西田という警察官。

 高原は、本気で泣いた。

 その姿を見た西田は、帰り際に刑事課の警察官にこう話した。


「彼も心の被害者ね」

読んでいただき、ありがとうございます。


心の病みは、闇へと変わらないうちにケアしなければ。


例えば、颯希の場合は自身を見失いました。

一方で高原は、自身のマイノリティな部分について否定的な意見を持つ者に対し、憎しみを抱きました。

颯希は仲間に恵まれ、ある程度護られながら、早い段階で福本さんに会えたのかもしれません。

一方で高原の場合、攻撃性を持ってしまったが故に周囲が離れてしまいました。

これをこの部では、「心の被害者」と表現しています。

彼こそ、もっと早く福本さんや西田巡査に会えたら良かったのかも。


高原泰之。

真面目に服役して、攻撃性を捨てて新たな心を持って再スタートして欲しいですね。

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