第6章 飛翔〜1〜
第6章 〜1〜
最終章です。
様々な経験からの決断。
その思いは、本章で颯希自身の声で語られます。
「凄く伸びましたね」
髪を梳かしながら、美容師は言った。
長らく働いていなかった事もあって、髪を切ったり染めたりというのは二の次扱いにしていたからだけど、お陰で髪の根元の黒がどんどん幅を利かせ、お世辞にもお洒落とは言えない状態になっていた。
初めてDay Lightに提供した楽曲のヒットにより、ようやく収入の目処が立った訳なのだけど、その数字の大きさには驚き、ほんとに血の気が引く思い。
ヒットというのは、本当にとてつもない威力を持っているものなんだ。
「男性から見た女性の入浴をイメージされたという事をお聞きしているのですが、何故男性からなのか、作詞の意図をお話し願えますか?」
インタビュアーは、私の事を普通に女性だと思っているらしい。
女性が男性の立場になって、女性に入浴を促す。それこそ意味が分からないというのが本音だと思う。
それはそれで致し方ないのかもしれない。実は女性である男性が女性として生きる男性にに宛てたものをイメージしている。この複雑な目線の意図は、きっと話しても伝わりにくいはず。
『Get Up !』のヒットは、私のみならずNick Shock ! のメンバー皆をはじめ、私達を取り巻く多くの人の人生に変化をもたらした。
ハードロックというのは、好きな者にとっては必要不可欠と言って過言ではないサウンドを持つ。だけど一般ウケを狙うとなると、この上なくハードルが高くなる。
当然、私はそんな事など意識もせずに、ただ南条さんに演って欲しいと思うモノを、詞、曲ともに制作したまで。
この詞のモデルとなった福本さんは、お風呂が大好きだと仰っていた。
しかし、会社の常勤看護師として働いたあと、夕方からはCO-CO-ROで LGBTQ+該当者達の支援活動を行い、「一体いつ寝るの?」と訊きたいぐらいによく働いておられた。
案の定、自宅に帰れば21:00を過ぎ、一息吐くともう眠気が襲ってくるという状態。
もう日付が変わるよ。
ほら急いで。
気持ちを奮い起こして。
ボディソープに身を包まれる至福。
午前0時、貴方は夢の中の天使なのだから。
「私は、ある方への感謝の意を込め、この詞を綴りました」
「ある方とは? 伺ってもよろしいでしょうか?」
「一般の方です。今私がこうして音楽を続けられるのも、まずはその方の力添えが大きかったからだと思っています」
こうして面を合わせながらも、私はインタビュアーに対し、福本さんについては多くを話さない。それを明かす訳にはいかない。
福本さんは、あくまでも一般の方だ。そして、差別・偏見といったものの撲滅に向けて、身を挺して活動してこられた方だ。
その差別・偏見とはどういうものなのか、それは私達Nick Shock ! のライブに足を運んでいただければ、きっと分かるだろう。
是非、観て聴いて、感じていただきたい。
是非。
*
「BPM102、キーはAm」
「俺は… (1曲)通しでスラップか。腕が鳴るやんけ!」
「このラスト、ドラムソロさながらやな」
「好きなように叩いて!」
剛と彰人はニヤリと笑った。
莉玖は若干緊張の面持ちだが。
「通しでハモンドオルガンな。ちょっと難易度上がるのが、この4小節。ここだけは頑張って…」
「うん! 練習ね!」
難易度が高いと言っても、それは8分音符の連続で短いメロディを弾くだけだ。
曲の構成上必要だが、それでも颯希はステージ慣れしていない莉玖への配慮も怠らない。
『Get Up !』のヒットを経て、颯希のプロとしての活動は軌道に乗ろうとしている。
主にDay Light他、ロック系アーチストへの楽曲提供となるが、一方でインディーズとしてのライブ活動にも注力を怠ってはいけない。
剛、彰人、そして莉玖。
自分を支え、ドン底からすくい上げてくれた仲間達との演奏。今度は自身の力で、その素敵な時間を作り上げていかねばならない。
それは義務感ではなく、夢の実現だ。
多くのプロアーチストのライブのように、会場から溢れんばかりのオーディエンスとの一体感を大切な仲間と共有する事が、颯希にとって、剛、彰人、莉玖にとって、最高の時間となるのを、皆が知っているからだ。
「時間、大丈夫?」
「はは! お前より体力あるわ」
颯希以外の3人は一般社会人だ。仕事を終えてからスタジオに集まり、練習する。そして帰宅後も個人練習に注力している。
あの頃―。
学生だった他のメンバーに囲まれ、1人社会人として働き、残業を終えてからスタジオ、そして帰宅後の宅練。
3人ともが未熟だった。初めての350人収容規模のライブハウス、Soundboxでのプロとの共演。
失敗しまいと意気込んだ。意気込みすぎて体調を崩した。そんな颯希を巡って、剛と彰人が大喧嘩をした。
「そんな事もあったな」
「もう何年も前の話やけど、あれからずっと、南条さん待っててくれはったんや」
「お礼って、何が出来る?」
「楽しむしかないやろ! まず演る事!」
「しゃあっ!!」
読んでいただき、ありがとうございます。
本章では、目線を颯希に移した文章を加えてみました。
これまで様々な経験をしてきた、激動の人生。
そしてこれから。
ライブまではあと1週間。
その間にも様々な動きがあります。
是非お付き合いくださいね!




