第4章 疑惑〜30〜
第4章 〜30〜
今回も楽曲制作。
バックトラックの制作です。
剛、莉玖と颯希の3人は、その日もスタジオに入っていた。
各自練習を積んできた。しかし、録音ともなるとやはり緊張する。とりわけ莉玖に至っては、初心者故の経験不足がネックになる。
「あたし、まだ自信ないから、録り直しばっかりになったらごめんね」
しかしそれは、百も承知だ。
最初から1発録りなど、出来る訳がない。むしろ、そのおぼつかない演奏が、手作り感を醸し出すのだ。
颯希と剛は、莉玖の緊張を解すべく要領を伝える。
「はは…心配要らんで。部分部分で録っていって、編集で繋げるねん。そやから、出だしをしっかりリズム取って、その部分の最後の音は伸ばしてたらOK」
一気に演ろうとすれば、失敗のリスクは高まる。短いフレーズを繋げていけるのは、DAWならではの利点だ。これを利用しない手はない。
初心者にはありがたい方法だ。
ドラムスは打ち込み、エレキギター2本分のトラックは、既に颯希が録音を済ませている。
アコースティックギターは、颯希が弾きながらリードヴォーカルを取る。
「ほな、俺から行くで」
数曲のデモを制作したNick Shock ! 故、剛のベースは全く心配無用。さりげなくアレンジを加えつつ、一曲通しで録音を終える。
「タケさん、凄い! 逆にあたし、プレッシャーかかるわ」
「大丈夫やで、莉玖。メトロノームだけ鳴らすし、自分のタイミングで入って」
「あ、はい…」
ピッピッピッピッ…
ヘッドホンから電子音だけが聴こえる。
バックトラックは全てカットした。それらの音に翻弄されないようにとの配慮だ。
「あ…」
「ん? ミスった?」
「ごめん…」
「あはは…演り直そう」
何度もテイク出来る。莉玖自身が納得するまで、それは繰り返す事が可能だ。
「どう!? これは上手い事出来たと思うわ」
「OK! じゃあ、次はBメロのバック。8小節な! テンポ少し上がるで!」
「はいっ!」
テンポは上がる。しかしそれは、微々たるものだ。全く問題なし。
初心者の多くは慌ててしまい、演奏が早くなりがちだが、手慣れた2人のアドバイスが成功に導いてゆく。
「次、間奏」
「よしっ!!」
1テイクでの成功率が上がってきた。颯希に言われた通り、部分の最後は鍵盤を押さえたまま、ロングトーンにしておく。
「テンポは何で変わるの?」
「人の持つ感性かな。100やったら100できっちりキープ出来る人なんて居らん。絶対に少しずつ変わるし、そうでないと人間味がなくて心地良うないねん」
「へぇ〜!!」
莉玖は目を丸くした。
いろいろ聴いていても、テンポを気にした事はなかった。常に微細な変化があるのは、人間が演るなら当然だ。
そして、変化しなければ聴こえ方も不自然である事も、意識などした事がなかった。
録音が終わった。
すぐに颯希が編集に入る。
その間、剛の指導のもと、莉玖はソプラノパートのコーラスを練習する。
「この部分はFu…で行こう。Bメロ後半からはAh…で」
「どう変わるの?」
「Fu…はピアノ、Ah…はフォルテかな。Fu…は優しく包み込むような感じで、Ah…は明るくパワフルな感じ。高音も出るで」
―Fu……♪
―Ah……♪
「あ、ほんまやっ!! イメージ湧いてくるっ!!」
「よし、俺と合わせてみよう」
「はいっ!」
―Fu……♪
―Ah……♪
「いいっ! めっちゃいいっ!!」
「いやん! あたしもミュージシャンの仲間入り?」
「そやで! キーボード弾けるし、バックコーラス出来るし。バリバリのミュージシャンや」
―あはははははは!
2人のコーラスの練習が捗る中、颯希が声を上げた。
「出来たでっ!」
「おお? 早いな」
「トラック数少ないしな。ベースなんか触る必要ないやん」
―どれ?
デモを聴いてみる。
莉玖にとっては初めて参加の楽曲。
自分の腕なんか、音楽になりっこないとも思っていた。
颯希は明るく微笑みながら、スタートボタンを押した。
アコースティックギター、ドラムス、ベース、ポリシンセサイザー、エレキギター。
これだけの楽器で音色を紡ぐ。
莉玖は、言葉を失う程に聴き入った。
―音楽って、こんなひとつひとつが重なって出来るんや。
初めての経験。ぎこちないプレイ。
されど、他の楽器と重なり合い、生まれた音楽。そのトーンが予想外に美しい。
曲を聴き終えると、莉玖は叫ぶように言った。
「めっちゃ楽しいっ!!!」
颯希と剛は、満面の笑みを浮かべた。
「やろ!? そやねん。めっちゃ楽しいねん!!」
「最高やん!!」
「最高やっ!!」
「イェーイ!!!」
3人は、ハイタッチを交わした。
読んでいただき、ありがとうございます。
バックトラックを録音して、本番ではこれをオケとして流し、歌う。
DAWは音楽制作ソフト。
保存ある楽器の音色を譜面上に打ち込んだり、楽器演奏や歌を録音して重ねたりと、パソコンで本格的なサウンドが作れるのです。
ここには彰人が居ないので、ドラムスは打ち込み。アコースティックギター以外の楽器を録音して、カラオケを制作する事になります。




