第1章 卒業〜9〜
第1章〜9〜
4人の結束が高まったところで、いよいよ本番。
雰囲気、感じていただくことが出来るでしょうか?
アイドルへの憧れは、父親の一言で崩れ去った。
もちろんそれは、颯希とてすぐに理解した。自分自身と莉玖との違いが見えてくるにつれ、淋しさを感じながらも納得せざるを得なくなっていった。
しかし、歌う事への憧れは消える事はなかった。
「颯希、こんなんどや? 聴いてみ」
剛から手渡されたCD。それは―。
『Led Zeppelin Ⅳ』
言わずと知れた名作だが、これが颯希にとって初めてのロック。衝撃的だった。
「古いやつやな。何でこんなん知ってるん?」
「父さんが『好きや』言うて、いろんなCD持っててな。いろいろ聴いてたら、なんか昔のロックってカッケーな思て」
その後颯希は、海外のハードロックを聴きあさった。
特に1970年代から1980年代の物については、剛の父がCDを多く所有していた事もあり、耳にする機会に恵まれた。
当時日本でも大人気となったアーチストの楽曲などは、楽譜までも手に入れる事が出来た。
そんな中でさらに衝撃的だったのが、かつてオジー・オズボーン・バンドに在籍し、氏をヘヴィメタルの帝王にのし上げた伝説のギタリスト、ランディ・ローズの動画。
金髪の長い髪、華奢な体つきだが、目で追う事も不可能な指の運びと、美しいメロディ。
「凄い! めっちゃカッケーやん!!」
その時、颯希の心の中にはもう、アイドルは存在していなかった。
*
グラウンドに設けられたステージ。
集まる生徒達の人数が、徐々に増えていく。
いよいよ、Nick Shock ! のステージ。4人は心地良い緊張感を持って、互いに目で合図を送る。
演奏の持ち時間20分とは別に、機材入れ替えのために用意された10分。この僅かな時間に、ドラムセット、ギターアンプ2台、ベースアンプ1台、そして、マイクが3本、それぞれがミキサーに接続される。
音作りはあらかじめデータとしてメモリーしている。
手慣れた作業を素早くこなし、彰人がドラムセットのチェアに座る。向かって左に剛、右に礼が立つ。
会場では、校内きっての実力派バンドの演奏を観ようと、集まった多くの生徒達がステージに目を向けていた。
14:00ちょうどに、彰人がオープニングの合図代わりのドラムを叩くと、ひときわ大きな喝采と共に歓声が沸き起こった。
ギャーーーーン!!
豪快なワンストロークと共に、礼のフリーソロが始まる。
―Amブルーススケール。少々外しても味になるぞ。落ち着いて行け!
5フレット周辺と、12フレット周辺。左手をこの辺りで動かせば、音は大きく外すこともない。観衆にすれば、いくら適当に弾いたところで、それなりにアドリブとして聴こえる。
―そういう事か。ノってきたぞ!
ただ苦手意識が先立っていただけだ。ポイントさえ掴めば、指を動かす事や弦を弾く事など、何でもない。
礼の長い指は、あらかじめ決めておいた2つのポジションを難なく移動し、ほぼ狙い通りの音を放った。
観衆は、その指の動きに目を奪われた。
2弦15フレットと1弦12フレットのハーモナイズド・チョーク(2弦を引き上げて1弦と同じ高さの音にする)で、礼のソロが終わる。ここから、剛の激しいスラップによるベースソロだ。
ドッドッドツ―!
バスドラムが刻むテンポに合わせ、剛の左手が踊りだす。それに追随して、右手の親指が4弦を叩き、人差し指が2弦や1弦を弾く。
かつて“裏方”の様に思われ、注目を浴びなかったベースも、今は様々なテクニックが多くのアーチストによって生み出され、注目度は鰻登りだ。
そんな幾多もの奏法を、剛は余す事なく披露していく。
―うわぁーーーっ!!
大きな歓声が上がる。
8小節のドラムソロから、続いてBPM150の8ビートが刻まれる。彰人自らが用意してきたドラムセットは、構成数が多く、見た目も豪華だが、繰り広げられる激しいプレイも圧巻だ。
その腕が、目まぐるしくタムやシンバルを打つ。
刻まれる音ひとつひとつが胸を打つ様に響き、アドレナリンを放出する。
リズムが整うと、颯希の登場だ。
ロングトーンから6連符の連続。小さな手は目で追えない程に激しく踊り、かつ、泣きの美しいメロディを奏でる。
これが、これが、Nick Shock ! の実力だ。しかし。
―ん? どうした?
颯希のギターの音が、コードから外れた。
―マジか!?
―お、おい、まさかお前!!
その様子を見守る観衆。
一番の要である颯希のギター。
緊張が走る。
4人は演奏を止めない。止めるつもりなど毛頭ない。
この外れた音は8小節にわたり、繰り返し鳴り響いた。
4人はニヤッと笑った。
―凄いやんけ! 颯希。
インストゥルメンタルが終わると、「Ultra Soul」(B'z)へ続く。
文化祭なのだから、コピー曲はなるべく皆が知る曲がいい。難易度も高い方が、皆の期待に添えるだろう。
4人は、邦楽ロックでも極めて人気の高い楽曲を選び、披露する。
拍手と歓声が、校門を飛び越えて学校の外まで響いた。
この名曲をバッチリ決めると、剛のMCとなる。
「俺らの高校生活最後のライブ、みんな聴いてくれてありがとう!」
再び拍手が湧き起こる。
「1曲目、実は、パターンだけ決めておいた即興インストゥルメンタルです」
即興の言葉にどよめきが起こる。この3年間で、そこまで実力を上げてきたのだ。
しかし、あの音の外れた8小節はどうなのだろう?
「なぁ、颯希! 決まったな! ははは…」
「みんな、音外したん分かりましたか? 『変や』て思た人も居てはるかもしれんけど、あれはジャズで使われる事があるテクニックなんです。テンションコードって言うんです」
外れているのにカッコいい。不思議なテクニックだ。
颯希は、礼のアドリブの特訓中にこれを閃いた。
―わざと外してみるとどうなる?
颯希の意図したもの―。
礼に対しては少し意地悪かもしれないが、そんなテクニックがある事も知っていた。そして、即興で形にしてきた。
剛と彰人はすぐに気付いた。礼もそのテクニックは知ってはいたが、初めて目の当たりにした。
観衆から、再びどよめきが起こった。
「それでは最後の曲、俺ら高校生としてのライブの、最後の曲になります。良かったら、みんな声を出してください!」
「We are 」(ONE OK ROCK)
秋の一大イベントに、生徒たちのアドレナリンは止めどない。
サビに入ると、皆が声を揃えて叫んだ。
その雰囲気に呑み込まれ、涙する者さえ居た。
わずか3曲での構成だが、それぞれの楽曲に独自のアレンジを加え、4人は見事に演奏をこなした。
会場は、文化祭の中の1ページとしては、かつてない程の盛り上がりを見せた。
伝説―。
そう、東御陵高校の伝説になるかもしれない。
そんな言葉が、まことしなやかに囁かれた。
読んでいただき、ありがとうございます。
ライブシーン、いかがだったでしょうか?
礼君、見事に決めましたね。
テンションコードについては、本文に解説しています通り。
そしてコピー曲。
B'zは本当に好きで、ライブには何度も足を運んでます。今年もチケット取ってます!
サウンドはハードロック系なのに、日本語がよく合うんですね。つまり、邦楽らしさをしっかり持ちつつ洋楽の要素を上手く取り入れた、見事な曲作りをされている…
日多喜瑠璃は、そんな印象を持っています。




