序章
連載スタートです。
「バンド活動」を軸に、登場人物一人一人の心を激しく動かしていきます。
作者である私・日多喜瑠璃がロック好きな事もあり、コアな表現も一部含まれる事になりますが、その部分には説明を設けていますので、気軽な気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。
束ねた髪を解く。淡いターコイズブルーが、狭く薄暗い空間の中で靡く。
蒸し暑い程の熱気が立ち込める中で、その右手は強く振り下ろされた。
ギャーーーーーン!!!
激しいディストーションサウンドと突き抜ける様なハイトーンヴォイスがその熱気を呑み込み、耳を劈く歓声とシンクロする。
その瞬間、ステージと観衆全てがひとつになった。
*
「サッちゃん、髪の毛切ったんや」
「面接あるしな」
「そうかぁ。就職するって言うてたね」
同級生で幼馴染の福島莉玖は、少し淋しげに言った。
「別にお前がどうこう言う事ちゃうやん」
少しぶっきらぼうにそう言って、日向颯希は空を見上げた。「感じ悪っ」という声が微かに聞こえた気がする。
颯希は深いため息を吐いた。そして、少しトーンを落とした声で言った。
「サッちゃんはやめてくれよ。もう子供ちゃうんやし」
「あ、ごめん…」
―あと半年過ぎれば社会に出ようかというのに。
幼い頃から近所の人達にもそう呼ばれていた。
颯希。さつき…サッちゃん…
至極当たり前に聞いていたその響きに対し、中学生にもなろう頃には最早心の中で辟易し、大人からそう呼ばれる事には苛立ちすら感じていた。
「自分、男やし」
颯希はそう言い放つと、愛器であるギブソン・レスポールを収めたギグバッグを背負い、早足でバス停に向かい、歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って〜」
莉玖は小走りで追いかけた。
「今日もスタジオ?」
「うん」
「卒業したら…就職したらどうするん?」
「続けるで。てか、みんなが賛同してくれたら…やけどな」
進路はバラバラだ。それ以降もバンドを続けられるかどうかなんて分からない。そんな不確かな未来に抱く不安。それまでもがストレスとなる。
「バンドを続けながら1人暮らしするんやったら、バイトでは足りひん。ちゃんと安定した収入が欲しい」
大学へは行かず、就職を決めた理由を、颯希は莉玖にそう語った。
ふわっとそよぐ風。
短くなった髪は靡く事もなく、刈り上げた襟元からは体温を放出する。その感覚に颯希は、徐々に自分らしさを失っていく恐怖を覚えていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回作品からは、投稿回数を増やすため、一回の文字数が少なくなっています。
お時間ある時に目を通していただければ…
次回からは、第1章に入ります。
よろしくお願いしますね!