意味
何をやっても意味がないと感じる。
男は嘆きに似た声を上げる。
「何をやっても意味がない。世界は確実に破滅へと向かっている。永遠などない。
そして、俺の創作は一ミリも世界を救うことに貢献できない。」
奥の見えない深い闇。
「意味が欲しいか。」
男に問いかける声が響く。
「意味を与えてやろう。代わりにすべてを捧げろ。」
「くだらない。」
文字が羅列された紙の束が目の前の机に投げ出される。
「これじゃ、仕事にならない。」
文字の羅列を凝視しながら「はい」と死にかけの声を絞り出す。
「名もない人間の嘆きになんて、誰も興味ないですよ。あなたが書きたければそれでも構いませんが、それは趣味です。ニーズはない。」
「ええ。」
声の方向に目線を上げることはできない。
「もういいですか?」
苛立たしく腰を上げながら面談の相手は、問い掛けに似た終わりを告げた。
「ありがとうございました。」
俺はどうにか、表面的なお礼の言葉を捻りだす。
広々とした大理石調ロビーを区切る自動ドアの向こうは、冷え冷えとした空気が漂っていた。
夕日。一日の終わりを告げる刺すようなオレンジに、沈んだ感情を掻き立てられる。
自分は何をやっているのか。
生産性のない行為に意味を持たせるため、無意味を重ねている。
他人から必要とされないだけでなく、自分自身も必要としていない行為。
虚しさを秒ごとに並べている。
深い闇から手の輪郭が徐々に現れる。
枯れ枝のような節くれだった指に、針のようにとがった爪。声の主は老婆だろう。
人生に意味はなく、自暴自棄に「もう、どうでもいい」と思っているが、心の奥底では、命を惜しく思っている。生きたがりの生物的本能に嫌気が差す。
だから、全てを差し出すことはできない。どうしようもない野郎だ。
いつの間にか差し出された手に、小ぶりな卵が載っている。片手でぎりぎり持てる位の。殻の厚そうな。
「蛇が生まれる。それを育てろ。」
受け取りたくないが、決して逆らえない鈍く重い何かが、声に込められている。
卵を両手で包み込むように取り上げ、滑り落ちないように片手を尻のほうに回す。
俺は、ここから生まれてくる蛇と暮らさなければならないのだろう。そして、その蛇に全てを捧げなければならないのだろう。もし怠れば、声の主が俺の命を奪う。
頭の中の映像が途切れると、俺はまだ自動ドアの見える場所に突っ立っていた。
オレンジは沈み、街灯が夜を切り裂いている。
意味のないストーリー。いや、話にもならない糞。頭蓋骨の中に糞が詰まっている。何かが栓をして、排泄することもできない。徐々に重みを増す、溜まっていく不快感だけが募る。
いっそ吹き飛ばしてしましたい。とも思う。