暗い
人工的な照明を抜けると夜の闇は一層暗く感じる。弁当の入ったビニール袋を持たない手は、ポケットに入れている。枯葉を弄ぶ正面からの風に竦めた。
飛び石のような頼りない街灯を手掛かりに家路を辿る。両脇にそびえ立つ塀越しの煌々と明かりが漏れる窓は、まるで夜空の星だ。この星それぞれに生活があると思うと不思議な感覚に陥る。それは本当か? 俺には幸せがわらないのに。
暗い中に薄汚れた外観を隠し蹲る団地の体内へ続く仄明るいコンクリートを固めた階段を上がり、鉄の板をプレスしてできた扉を前に、ドアノブの先端へと鍵を差し込む。ギッと擦れ合うような感触を手前に引き寄せる。玄関と一続きになった台所を備えた部屋の奥、引き戸の境界線の向こう、テレビ前の座卓に女が身を投げ出すように座っている。女の「おかえりなさい」に曖昧な返事をしながら、手前の部屋の電気をつけ靴を脱ぐ。二人に合わせたテーブルの上にビニール袋を置く。目の前の窓を開けると廊下が見える台所は片付いており、置かれた調味料、調理器具、布巾で彩られ、その様子から女性特有の気配が漂っている。
テレビの大勢の雪崩れるような笑い声が狭い部屋に響く中、俺は買ってきたハンバーグ弁当を食べている。こげ茶色のソースに覆われた冷めたひき肉の塊はグロテスクに感じる。その感覚に引きずられるように、やけに粒だった白米や、うず高く放置された雪のようなポテトサラダも気味悪く感じてしまう。それらを感情を殺し作業のように口へと運ぶ。咀嚼された禍々しさが身体の一部に変換されていくことに嫌悪感を抱きながら。
俺の苦々しい視線の先に、服越しにも分かる奇妙に膨らんだ女の腹がある。時間を掛け日々膨らみ続けるそれは、生物としての業を孕んでいる。どうしようもない自分自身を棚に上げ、本能に従い何かを残したい欲求。俺はそれに、憎悪、羞恥、後悔といったあらゆる負の感情をグチャグチャに混ぜて煮詰めたコールタールのような悪意を、力任せに塗り付けている。抗うことのできない意味のない行動だと気付きつつも。
俺の遺伝子が幸せになると決して思えない。二分化され悪い方へ突き進む業を止めなければいけない。だから俺は、目の前で何も考えずテレビに釘付けな女を、その体内の未来を消さなければいけない。そんな明確に狂った使命感が俺の中で日に日に大きく育つ様子が手に取るように重量感を伴ってわかる。
「おいしい?」と女は聞いた。「おいしいよ」と俺はそれに嘘をついた。