虎戦
「今日からお世話になります!」
「わあ!可愛い!」
「あはは、気に入ったか!スライムよ!娘を泣かすなよ?」
「あはは」
子供に抱き着かれた感覚だな。
さらに五感スキルが関係あるのか、いやあるのだろうけど⋯⋯女の子の体の輪郭が滅茶苦茶ハッキリと分かる。
運んでくれたゴブリンさんの家には母親と思われるゴブリンと、兄と思われるゴブリンがいた。
みんな、ゴブリンみたいな顔で体は緑、人間に近いのはこの娘だけである。
母親は少し体がスリムだけどね。
「スライムさん!あーん!」
「あ、あーん」
娘ゴブリンがご飯と思われるお肉を手掴みで渡してくれる。
そもそも食器がなく、お肉が適当にカットされた物が無造作に置かれているだけであった。
兄ゴブリンからは睨まれている。
ちなみに魔物には基本名前はない。
ある時は名ずけを出来る程の強者の信頼が必要なようだ。
名ずけには代償があるようだが、その代償が何なのかは分からない。
「美味い!」
ジュワジュワと胃?で消化していく肉の味がきちんと分かる。
感触はないが⋯⋯五感【極】のお陰でなのだろうが、ここまでハッキリと肉の旨みが分かるのは嬉しい事だろう。
転生して1日も経っていないのに、肉が食べれました。
「昼からは狩りに出る。スライム付いてくるか?」
「ダーメ!スライムさん狩りは危険だからダメだよ」
「あはは、娘さんよ。気になるから付いて行く!」
「え〜私といようよ」
「狩りの知識は生きていく上で必要だ。だから、見に行きたい」
「ぶぅ〜分かった!絶対生きて帰って来てね!」
「それは俺に任せろ!」
良い家族だな。
ゴブリンは無意味に人間に襲い掛かり、男は殺し、女は犯すイメージしかないのだが、全くそんな事が無い事に驚いた。
「まあ、スライムの場合、本当に見届けるだけだがな。がはは」
「もう、貴方ったら下品よ。きちんと綺麗に食べなさい」
「はい」
「親父!俺も行く。スライムさんを運ぶのは俺に任せてくれ!」
おっと、兄よ、その恍惚な表情から俺のスライムボディを触りたかったな?だから睨まれていたのか。
それから昼食?を食べ終えて、兄に運ばれながら狩りに出るために最下級エリアに向かう。
父が担いでいる武器は横腰に剣に、反対に弓があり、背中に矢がある。
兄は弓矢のみだった。
「なるべくデカい獲物が良いな。里のみんなにも配れる程の」
「どうしてですか?」
「それがな、今の俺達の里は年々戦える者が少なくなっているんだ。スキルに恵まれなくてな。だからこうして少数で少し狩っては配っている。物々交換をしたりするな。最近は配布ど終わってるけど。あと、朝は木の実を採取する」
なるほどね。
ガサガサ
「あ、右の方向に足音が聞こえた」
「え?スライムに耳があるのか?」
「多分、あるんじゃないかな。聞こえるし、そもそも聞こえなかったらゴブリンさん達と話せてないよ」
「それもそうか!にしても耳が良いんだな。俺には聞こえなかったぞ。⋯⋯いや、今聞こえた」
「ああ、こちらに向かって来ているね」
「親父!」
「ああ、木の上に登るぞ」
兄が俺を頭の上に乗っけて、器用に木登りをして兄と父は弓を構える。
「そろそろ見えそうだね」
来た!
出てきたのは、⋯⋯虎だ。
「これは、大物だが、戦闘ができる動物はきついな」
「どうする親父」
「すまん、作戦会議の途中、今すぐこの木から降りろ!」
そう叫んだすぐに、何とか従ってくれた兄と父は木から降りる。
さっきまで居たところの木の枝の上には虎が乗っており、俺達を見下ろしてくる。
「よく分かったな」
「あはは、第六感が働いたんだよ」
絶対にそうだと思う。
さて、相手は虎だ。
簡単、所ではないが、そもそも弓矢で勝てる相手なのか?
「何か作戦は無いのか?」
「そう簡単に言うな!相手は獰猛な動物だぞ?まずは、逃げるぞ!」
「待て!逃げるのは得策じゃない。寧ろ、悪手だ!」
「ぐるあ」
牙を剥き出しにし、爪を立てて襲い掛かる虎から逃げ出すゴブリンさん。
兄の頭の上から俺は降りて地面に着く。
虎もきちんとこちらに注意を向けてくれた。
「ゴブリンさん達!弓矢の準備を!」
相手はこっちを見ている。
「グル?」
まずい!虎が俺の後ろの奴らを見ようとしている。
完全に隙を狙って打って貰う予定だった。
今バレたらやばい。
「喰らえ、砂鉄砲!」
地面の土を拾って投げ飛ばす。
「グルア」
土が目に入って痛いようで、目を瞑りながらゴロゴロと転がる。
「今だ!」
「行くぞ!」
矢が2本刺さるが、その程度では止まる虎ではない。
未だに視覚は回復していないようで、爪を振り回しながら暴れている。
「隙を付いて目を剣で刺してください。出来れば口の中が良いです。舌を切ってください」
「分かった。やってみる」
俺はなるべく土を飛ばして視覚を奪い続けていく。
消化【F】は土にも作用されるようで、拾った土と投げた土の量が合わないし、投げにくい。
「うりゃあああ!」
虎が右爪を横薙ぎに払い、右側が疎かになった所に父ゴブリンが突っ込み、突を持って右目を刺す。
「ぐるああ」
「ぐあ!」
「大丈夫ですか!」
「親父!」
「大丈夫!」
「兄さんは弓矢の準備を、矢を放ってください。相手を休ませないで!」
浅くない刺さり方をしている虎の右目は既に使えない。
左目は土によって強制封鎖。
出来れば脳まで剣が到達して欲しかったが、そこまでは刺さらなかったようだ。
「なるべく左目を狙って、或いは顔面!父ゴブリンさんは運ぶ為に持ってきた紐を使って相手の足に引っ掛けて転ばせて!」
「了解だ!」
「オラオラ土の味を感じな!」
俺は土を投げながらも距離を取っている。
虎が徐々にこっちに向かって歩いて来ているからだ。
攻撃が当たっても耐えれる保証がない!
なるべく安全に!そして確実に!
木々が生い茂っているこの森で片目に剣が刺さった状況では機動力は落ちる。
さらに!左目を抑えているので触覚と嗅覚、聴覚でしか空間を把握出来ない虎では逃げ切る前に捕まえる!
「ぐるああ」
虎の咆哮。仲間でも呼んでるのか?
「ぐるああ」
父ゴブリンさんナイス!
虎を転ばせた父ゴブリンさんに賞賛を送りながら転んで、しかもその転んだ方向が最高だった。
剣の刺さった右側から転ける。
地面にぶつかった剣がさらに奥深くに刺さり、脳を突き刺す。
脳が切れたら確実に即死だ。
「勝った、勝った!」
「これは大物だ!皮も良い!」
「スライムさん!凄い指揮だったよ!」
「まさか、ここまで上手く行くとは思っても見なかったけどね。と、急いで回収して戻ろう。もしも最後から2番目の咆哮が自分の覇気を表す咆哮ではなく、狼みたいに仲間を呼ぶ咆哮かも知らない。ただの挑発かもしれんが、あの状況でそれは有り得んしね」
「分かった。手伝え!」
「分かったよ親父!」
ちなみに俺は兄の頭の上に乗せられている。