6 金の薔薇
ブティックの前に馬車が停まり、私はアンヌに日傘を差されて真っ赤なハイヒールとドレスで扉の前まで歩いた。
ショウウインドウから見えていたのだろう。中から扉が開き、日傘を閉じたアンヌと私が中に入ると、デザイナーを筆頭に店内が少しざわつく。
「お待ちしておりました。当店の店長兼デザイナーのレイストンと申します。あの……ドミニク辺境伯令嬢でいらっしゃいますか?」
「そうよ。バーバレラと呼んでちょうだい、レイストン。都での噂は聞いています、それを払拭するためのドレスを買いに来たの。私のサイズは毎年お母様から聞いているでしょう? 生地は用意できているわよね。早くドレスを作りたいの」
今日の私は胸を強調するような、光沢は無く少し厚みのある赤いドレスを着ていた。リボンは黒で、フリルで甘さを出しつつも、それはどこか満開の薔薇を思わせるような大胆さだ。私の瞳は青で、輝く金の髪はきっちりと結い上げ、化粧も派手な赤だ。
圧倒するのが目的なのだから、これでいい。もっと控えめにも、事務的にも顔を作る事はできるが、王都で私がする事は『怪物姫』のイメージを払拭する事である。
「金のドレス……それもお茶会で、と伺った時は、センスがどうかされているのかと思いましたが……お姿を拝見してよく分かりました。噂を一発で払拭するようなドレスを仕上げましょう、バーバレラ様」
「えぇ、よろしく。さっそく生地の見本を見せて頂戴。お茶会は2週間後の予定だから、急ぎの仕事になってしまうのは許してちょうだいね」
「とんでもございません。今の王都の流行りも加味しつつ、誰にも何も言わせない、そんなドレスにいたしましょう」
バーンズの指示は的確だった。それでいて、今の流行を優先するか、私を徹底的に引き立てるかを選べるように金色の生地が奥の部屋にはたくさん並んでいた。
隣国のお偉い様とも会食や会談をする私だ。下手なセンスはしていないが、ここは王都。ここにはここの流行があるのだから、レイストンの話を注意深く聞きながら、生地選びから始めた。
「イメージは金の薔薇なの。今庭には白と赤の薔薇が蕾を付けているところだわ。初夏の遅咲の薔薇がちょうどよく咲きそうでね……何もかもタイミングが良かったわね。だけど、硬質すぎるドレスでも、ただ金で華やかだったらいい訳でも無いわ。上品で、咲き誇り、その場で一番目立つ。それでいて、奇抜になり過ぎない。何かいい案はあるかしら?」
レイストンは難しい顔で生地をいくつか下げさせた。残ったのは、多少光沢があるが落ち着いた白に近い金、何枚も重ねて使う紗々のような濃い金、金糸で出来た薔薇のレース生地の3つだ。
「まず、全体はこの厚手の金で作ります。これは光沢があり、影になった所が特に濃い金色に見える生地です。基本はベージュに近い白っぽい金ですので、全体の圧はそこまででもありません。季節を考えて、マーメイドラインのドレスにしましょう。だいたい、胸の中程までをこの生地にします。肩は出して、二の腕からの袖にはこのレース生地を、ドレスの裾と袖口にはこの紗々を幾重にも重ねましょう。この生地自体にも光沢のある白で薔薇の縫い取りをします。いやはや、社交シーズン中にもここまで豪奢なドレスは作りませんでしたが……バーバレラ様は飾り甲斐があります。何しろ、反撃の狼煙ですからな」
私の噂は当然のように知っていて、一緒に反撃する側に回った。私はこのブティックを圧倒する事には成功したようで、安心して口端を上げた。こういう、勝負服、というのはデザイナーとしても絶対にやりがいのある仕事だと思ったが、私は自分が思っている以上にいい素材だったらしい。
「話を聞けてとても安心したわ。当日は私を薔薇に仕立てて頂戴、期待してるわね」
これは、宝飾品と靴もよろしく、という意味だ。レイストンもにやりと笑って、私たちは握手を交わす。
これで私の準備は終わった。お茶会の準備はまだ続くが、さて、今朝手紙を出した殿方お二人の返事はどうかしら、と思いながら帰りの馬車に乗り込んだ。