3 いざ、王都へ
父の酒の席の契約書がいくら有効だとしても、本人同士にその気が無ければ強制力はない。
ましてユージーン公爵が結婚する気があるとは思えない。王女からの婚約の申し込みなんてほとんど命令だ。きっと結婚できない深くて暗い理由があるに違いない。ゴリラのように逞しい男性しか好きになれないとか。
手紙でのやり取りも考えたが間怠っこしい。直接会って、無かったことにしましょう、と告げるべく、私は少しの着替えと王都でドレスなどを仕立てるお金等の必要な物を鞄に詰め、馬の鞍に荷物を括り付けた。
「な、何をしてるか聞いてもいいか? バーバレラ」
「旅支度です。王都に向かいますので」
「いや、旅支度はわかる。わかるが、護衛も付けずに、その、馬でか?」
「早いので」
流石に王都までドレスは無理がある。乗馬服に着替え、帯剣もしているし、弓も持った。まして馬は一等の軍馬、その辺のならず者が近づいて来ても蹴られるのがオチだ。
むしろ馬車の方が危ない。金持ちが乗っていますよ、と大声で宣伝して歩いているような物だ。
父や母は護衛もつけて、荷物が沢山あるから仕方がないが、現地に行けば屋敷もあるしあちらにもお金がある。一応持っては行くが、このお金は私の身なりを整えるための予算内だ。
どんなドレスかは適当にプロに任せればいい。婚約破棄をするためのドレスと言えば、相応しいものを用意してくれるだろう。
私は目立たないように深緑のフード付きのマントを羽織り、結い上げた頭を隠して馬上の人となった。
父と母と話してからここまで2時間程である。王都までは馬車ならば2週間だが、荷物の少ないこの軍馬ならば普通に走っても1週間で着くだろう。
「では、断ってきますので」
「ま、待て、待て待て!」
いななきをあげる愛馬の首を撫でて宥める。馬のそばでそう大声を出す物では無いと教えてくださったのは父のはずだが?
「……ちなみに、嫁に行く気は」
「お父様、私今猛烈に怒っている上に帯剣しておりますの」
「…………気をつけていってこい」
笑顔で告げたら分かってくれたようだ。そもそも、父が、いやそれは酒の席のことですしははは、と断ってくれていれば良かったのだ。
私と誓約書を交わしたのだから、当たり前にそうしてくると思ったのに、それをしてこない。全く困った父だ。尊敬しているけれど。
「いってまいります。では!」
私が愛馬で駆け出した後ろを見送った父と、その音で出てきた母が顔を見合わせて「でもなぁ」「無理ですよねぇ」などという会話をしているのは、当然聞こえたりはしなかった。
目指すは王都。目指せ、さようならユージーン公爵!