2 私が嫁ぐとはどういう事ですか
「本当にすまないと思っている!」
父のいきなりの謝罪から始まって、私は面食らった。逞しく鍛えられた父は長椅子の上で膝に手をつき、深く深く頭を下げている。まるでヒグマにでも謝られているような気分だ。
しかし、謝罪の内容は一向に話そうとしない。これでは許すとも許さないとも言えないが、母に目をやっても慎ましやかに目を伏せて視線を合わせようとしない。これは、相当な厄ネタだ。
「お父様、内容をお話しくださいませんとなんとも言えません。剣を持ってきましょうか?」
「待て! 早まるな! まだ道はある!」
という事は、割と真剣に私が剣を抜くような話というわけだ。真剣だけに。
茶化さないと聞いていられないし見ていられないのでつまらない事を考えても許されたい。誰にと言えば、強いて言えば神様にだろうか。
「では、私が剣をエントランスに取りに行く前にお話しを」
「……実は、昔だな……、親友の前ユージーン公爵と……契約を交わしていたんだ。酒の席で」
コホン! と、母が目を伏せたまま咳払いをする。余計なことまでいうな、という意味だ。
「その……互いの子が20を超えても独身だった場合……、結婚させよう、という書面でだな……」
「酒の席で、そのような重大な書面を交わしたと? それで?」
私の声が冷えていく。責めるよりもまずは全て吐き出させてからだ。交渉というのはそういう、お互いの腹の探り合いだが、今回は完全にこちらに分があり、内容を聞いてる限りこちらの敗色濃厚である。
「……母印を押した書面でな。向こうがまだ、持っていて……、そのだな、ユージーン公爵は21歳の独身なわけで、お前も20歳の独身なわけだ……」
そうですね、そろそろ婿を取ろうかな、と思っていた花も恥じらう20歳ですよ。えぇ。
「となると、そのだな……向こうはもう公爵なわけだから……お前が、嫁がないといけなくなる、という……ことなんだが……」
私は深く息を吸って吐いた。それを3回繰り返して、徐にエントランスの剣を取りに行こうと立ち上がると、ヒグマのような父の両手が私の腕を掴む。
えぇい、離してくださいませ! 力では敵わないんですから! せめて剣を!
「何故それを忘れていたのですか! 私が成人した時の誓約を無効になさるおつもりですか?!」
「ま、まてまて! まだ道はあると言ったろう?! 21歳にして公爵家を継いだのはセルゲウス・ユージーン! お前も噂くらいは耳に届いているだろうが!」
私はエントランスに向かうべく抵抗していた力を緩め、仕方なく席に座り直した。
「お相手とは、文武両道で眉目秀麗で社交性の欠片も無い毒舌無愛想と噂の、セルゲウス・ユージーン公爵のことですか?」
「そうだ、その毒舌無愛想で女を寄せ付けもしない生涯独身と噂されている、セルゲウス・ユージーン公爵だ」
なら話は早い。向こうは端から結婚する気がないのだから、私との婚約は無効にするはずだ。
何せ彼は、王室の第二王女(栗色のウェーブのかかった髪に青い瞳の可愛らしい方と聞いている)からの求愛すら一刀両断した、セルゲウス・ユージーン公爵なのだから。