17 ダイエットの準備、何故か付き添いのセルゲウス様
王宮の厩には、さすがにいい馬がそろっていた。というか、全て私も見送りした馬だ。懐かしい、久しぶり、という気持ちで厩の中に入る私と、厩の匂いに顔をしかめるフレデリカ王女だったが、馬を見ない事にはフレデリカ王女との相性が分からない。
人が馬を選ぶが、馬だって人を選ぶ。
「さ、行きますよ。フレデリカ王女の相棒を選ぶのです。馬の目を怖がらずに見てください。優しくですよ」
「すごい匂いね……、慣れられるかしら、私……」
「慣れてもらわないと困ります。これから、フレデリカ王女には自分の馬の世話を自分でしてもらうのですから」
「えっ?!」
当然だ。馬の世話を自分でしなければ、馬との信頼関係なんて築けない。まして、本来は戦場やパレード、警備といった華々しい仕事のために誂えられた馬である。誇り高くもあるのだから、尊重しなければいけない。
「とってもいい運動になるんですよ。走るのよりもやり甲斐がありますし、絶対に損はさせません。それに……」
後ろをついてきているセルゲウス様には聞こえないように、フレデリカ王女にひそひそ話をする。
「それに……?」
「横乗りで男性と並んで馬を走らせられたら、格好よくございません?」
「! それは……格好いいわね……!」
「でしょう?」
ノせやすい王女様でよかった。本当に、周りが甘やかしていただけだと分かる。
怪物姫という噂を流したのも、もしかしたら誰かにそそのかされてかもしれない。今洗わせている所だけれど、第二王女の元で行儀見習いをしながら、ハーティス伯爵令息と繋がりのある女性を見つけなければ。
どう考えても、努力をさせてこなかった周りの怠慢が過ぎる。甘やかしすぎは教育の放棄に他ならない。職務放棄と言ってもいい。そういう意味では、セルゲウス様の態度は臣下としては真っ当な方だったかもしれない。
ふと、右側の馬と目があった。じっとフレデリカ王女を見ている、牡の馬だ。
優しい目をした、金色の毛並みの美しい白馬だ。鬣もプラチナブロンドといっていいだろう。人間なら超絶美形の馬である。しかも、足を見ても胴を見てもフレデリカ王女を乗せるのに躊躇ない程逞しい。
「フレデリカ王女、この子はどうですか? どうも、フレデリカ王女を気に入っているようですけれど……」
「こ、こんなに綺麗な子が? 本当に?」
「ずっと王女を見ているでしょう? 興味があるからです。特に前足が動いているという事もないので、警戒しているわけでもなさそうです。この子ならば、フレデリカ王女の運動にぴったりだと思うのですが……」
ちら、と厩番を見る。
「あぁ、そいつ……どうも、気位が高いのか何なのか、城の兵の誰も乗れないんだ。フレデリカ王女がその馬に乗ってくれるというんなら、散歩の手間も省けて助かりますわ」
少し言葉遣いがなっていないのは、こういう厩番ならば仕方がないものだ。
私よりもフレデリカ王女に気があるようだ。そっと正面よりも横に行くようにフレデリカ王女をすすめて、首を優しく撫でてあげてください、と言うと、その毛並みの良さにフレデリカ王女も彼を気に入ったようだ。
「この子の名前は?」
「シュレイクでさ、王女様」
「そう。シュレイク、よろしくね? あの、いきなり乗るのは怖いから、散歩からお願いするわ」
その言葉に了承したというように、軽くシュレイクが鼻を鳴らした。
「では、フレデリカ王女。私は一週間後に来ますから、乗馬服を着て、毎日厩番に聞いてシュレイクのお世話と、散歩をしてください。食事のメニューは侍女に伝えておきます。間食はしちゃだめですよ」
「分かったわ。――あの、あのね、バーバレラ」
「なんでしょう?」
「……ごめんなさい」
本当に素直な性質なようだ。王宮という陰謀渦巻く場所でいいように操られてきたのだろう。
王女の事が分かれば、私はちっとも怒っていない事に自分で気付いた。
微笑んで、かまいません、と告げ、今日は御前を失礼する。
帰りに、フレデリカ王女の食事については鳥の胸肉を柔らかく蒸した物とチーズ、茹で卵をとにかく一週間、ある程度塩気を付けて焼いたりしてもいいのでお腹いっぱい食べさせて間食は絶対させないように伝えて、城を後にした。




