10 『怪物姫』は臨戦態勢に入った
初夏というには日差しが強くなってきた頃、薔薇の庭は光を浴びて艶やかに咲き誇っていた。庭は最高だし、隣国のお菓子であるフロランタンも届いた。
甘いキャラメルにナッツをぎっしりと敷き詰めた一口大のお菓子は、きっと王都でも好評な事だろう。焼き菓子だから日持ちもするし、そのうち流通に乗せたいものだ。
私服でお茶会の準備が整ったのを確認して、今日はヘアメイクの為に我が家に朝早くからやってきたレイストンとその弟子に身支度を始めてもらった。
ドレスの出来上がりは素晴らしい物だった。夏らしい涼し気でありながら、庭の赤と白の薔薇に負けない豪奢さを放っている。それでいて、成金には見えない上品な金が全体を作っているので宝飾品と合わせても嫌味なところはなかった。
私は20歳だし、そんなに控えめなデザインでなくてもいい。大胆な紗々のフリルが腰から斜めに足元まで広がっていって、花びらのようだった。レースの袖を無残な事にしないよう、ひっかけないようにだけ注意しなければ。
髪は編み込んでから結い上げる。髪にも飾りの宝石が着いた宝飾品を挿し、大胆に開いた首元も、耳にも揃いのアクセサリーを付けた。耳飾りは石はなく、彫金の技術で大きな薔薇を象ってある。
化粧は少し薄いかと思ったが、肌はデコルテまで小さなラメを散らして、色は最低限眦と唇にそっと赤を乗せるだけ。
ごてごてとした厚化粧よりも、ずっと華やかできれいな仕上がりになった。
「ありがとう、レイストン。とても満足よ。バーンズからお金を受け取ってちょうだい、言い値で構わないわ。――それから、これからも贔屓にさせてもらうわね」
「バーバレラ様……ありがとうございます。何よりのお言葉です」
職人の仕事にこちらは欲しいだけ払うと言う。誇りある職人ならば、自分の仕事に見合った金額を要求するはずだし、それを出し渋るような人はこの屋敷にはいないはずだ。まして、執事ならば。
一礼をして去って行ったレイストンを見送り、私は水を一口飲んでから階下に降りた。そろそろ招待客が到着するのにちょうどいい時刻だろう。
私の姿に感嘆したのは、まずは家の使用人達だ。余程『怪物姫』の汚名に苦しめられていたのか、また泣きそうになっている使用人までいる。
私は微笑みを崩さないようにしながら階下へおり、今日はよろしくね、と侍女たちに声をかけて、最初の客人を出迎えた。
彼は必ず一番最初にくると思っていた……セルゲウス・ユージーン公爵の馬車がレイストンの馬車と入れ違いに我が家のエントランスの前に停まった。
「ようこそおいでくださいました、セルゲウス様」
「バーバレラ、なんという美しさだろう……! 今日は本当にお招きをありがとう。君の期待に応えるようにがんばるよ」
私の姿を本当に驚いたように見てから、彼は本心からの誉め言葉を告げて、最後の一言だけこっそりと私に囁いた。
私はおかしくなって、そのままでももう充分だと思います、という言葉を飲み込み、やはり誰より早く来たセルゲウス様をお茶会の場へとご案内した。




