そうだ街に行こう
兵士の取り出したものは何となく不思議な石だった。
翡翠色に透き通ったその石の表面には紋様の様なものが白で細かく刻まれている。
兵士は軽く石を振ると、口元に寄せ、僕に語りかけた。
「――、―ァ、あー、君、聞こえるかい?」
「―――っ?!」
兵士の言葉は謎の言語だったというのに、何故か達者な日本語で話し始めた。
困惑と吃驚で言葉を失くしていると兵士は、
「おっと、驚かせてすまない。 君はこの『魔術』を知らない様だな。 珍しいが、居ない訳でもない」
今彼は何と言った?
魔術だって?
御伽噺の中に放り込まれたような不思議な感覚だ。
ドッキリにしては凝り過ぎやしないか。
「この石には『術式』が組み込められていて、発声者の”声”を”意思”に変換して、対象に届かせることができる。 一種の『魔法器具』って奴さ。」
尚も困惑する僕を置き去りに、兵士は語り続ける。
今度は何だって?
『術式』? 『魔法器具』?
巫山戯ているのか。
本当は彼は日本語に精通した外国人で、僕を揶揄っているのだと信じたい。
「さっきは助かったよ。 低ランクの魔獣とはいえ、不意打ちを喰らっていたら危なかった。 礼を言う」
『魔獣』か……。
不思議な石を持つ兵士が頭を下げ、それに続いて槍持ちの兵士も頭を下げた。
それに対し僕は、
「いえ、礼を言われるようなことはしてませんが……」
兵士達は顔を見合わせると、不思議そうに僕を見た。
「ところで、君は何処の国の者だ? 我が国の民では無いようだが……。 それに、どうしてあんな場所に居たんだ? 道に迷ったなら、声を掛ければいいのに。 まさか、『ベルフィア』の諜報員か……?」
立て続けに訊かれ、少し狼狽える。
ベルフィア? 何だそれは。
というか僕、怪しまれてる?
そりゃ茂みなんか隠れて後をつけてたら怪しまれるか……。
弁明しようが無い。
この地域のことも全く知らないし、嘘を吐けばボロが出るだけだ。
兵士さん達も悪い人では無さそうだし、ありのままを話してみよう。
もしかしたら日本へ帰る糸口になるかもしれない。
「実は、僕もよく分からないんです。 気がついたら地下空間に居て、そこからさっき出てきたばかりで……」
「『地下空間』……。 ふむ、まさかとは思うが、君が地上に出たのはあっちの方向でかい?」
兵士が森のある方向を指さした。
恐らくは僕の来た方向だ。
これでも方向感覚には自信がある。
それよりも、この兵士は何となく少し焦っている様な感じがする。
気の所為だろうか。
「え、ええ。 大体それで合ってると思います」
兵士は僕の言葉を聞いた途端にそわそわしだした。
何か不味かったか。
「そうか……。 分かった、私達についてくるといい。 君を難民として我が国に受け入れよう。 少し急ぐが、逸れるんじゃないぞ。」
「え、難民? 僕は日本に帰りたいのですが……」
「話は後だ、さあ行くぞ!」
石を懐にしまい直した盾持ちの兵士は槍の兵士と少しの間話し、踵を返して森の中を急ぎ足で進み始めた。
兵士の顔は終始ヘルムによって見えなかったが、声色は決して明るいものではなかった。
100PV達成しました。
ありがとうございます。
修正(23/9/19)
・魔石→魔法器具
のように変更いたしました。
この作品において、魔法器具に込められてる術式は魔術と称され、その結果起きる魔法とは区別されます。