98.ヴェスタル宮殿での戦い
馬車の魔道灯に照らされた剣が、ギラッと光を反射する。
「な、何事ですか! 武器を向けるとは。このお方をどなたとお思いですか!」
カーラさんが武装した者たちを怒鳴りつける、けど誰も何も答えなかった。
「メアリ、私の後ろに」
「は、はい」
「誰か! 誰かいないの」
カーラさんが呼びかけるけど、反応はなかった。
その時、扉の奥から一人の人物がのそりと姿を現し
「呼んでも誰も来はしない。ここは我々が掌握している」
と低い威圧的な声を出した。
「貴方は一体誰ですか。こんなことをして許されるとでも」
カーラさんの声が一段と刺々しくなった。
「そんなことより、巫女姫をこちらに渡してもらおうか」
「お断りです」
私の拒絶に対して男は眉間に皺を寄せて
「賢明な選択ではないぞ」
と睨んできた。
「巫女姫を捕らえろ!」
その号令と同時に、囲んでいた武装集団の一人が私に向って剣を振り下ろしてきた。
剣速はお話にならないくらい遅い。
「なっ!?」
摘んだ剣を軽く引き寄せ、男の身体が私の方によろめいて来たところを、胸に掌打を食らわせる。
男は後ろにいた仲間を巻き添えにして吹っ飛んでいった。
手元に残った剣を私は構え、斬りかかってくる男たちの腕や手首を叩いて無力化してゆく。
骨にひびが入ったのか、それとも砕けたのか、呻きながら蹲っていてすごく痛そう。
それでもメアリが狙われているので、さすがに手加減はあまりできない。
指示を出していた男は、慌てたように宮殿の中に入っていった。
「執務室に行こう」
一体何が起こっているのか分からないけど、巫女様に会うことを優先する。
「は、はい」
メアリの声は震えて、顔色も良くない。
突然、わけもわからず襲われたのだから、無理もなかった。
「キョーコ様。こちらをお使いくださいませ」
ファティが何度目かわらないミスリルコンの鞘を、両手に載せて差し出してきた。
今持っている剣を何気なく見てみると、刃こぼれを起こしてボロボロになっていた。まだ数回しか打ち合っていないのに。
私はお礼をいいながらミスリルコンを受け取り
「ファティ。メアリとカーラさんをお願いね」
と二人のことを任せた。
「かしこまりました」
私はその返事を聞いて、ヴェスタル宮殿の中に足を踏み入れた。
その瞬間──
「撃てっー!!」
という号令と共に何かが破裂したような音が聞こえ、小さな黒い球体が飛んでくるのが見えた。
剣でそれを斬り裂くと、鋭い金属音が響いて、床にボトボトと落ちる。
視線を上に向けると、二階通路の手摺のところに、十人近くの魔銃を構えた射撃手がいた。
「第二射、撃てっぇええー!!」
再度の号令に魔銃が一斉に破裂するような音を立てて火を噴く。
向ってくる魔弾がコマ送りのように見えるので、正面階段を駆け上がりながらでも、難なく斬り落とせる。
「あ、あいつを止めろ!」
射撃手の背後にいた集団が抜剣して、階段を駆け下りてきた。
私は構わずそのまま突進して、相手の振り下ろしを避けて剣身で手首を叩く。
男は苦鳴を漏らしながら剣を落とし、階段に片膝をついた。
他の者も腕や肩を打って無力化。その中の一人はバランスを崩して階段から転げ落ちてしまった。
幸い大怪我はしなかったみたいだ。
前衛をすべて片付けて二階の射撃手のところまで辿りついた瞬間──乾いた破裂音がして至近距離から撃たれた。
私は首を軽く傾げて、魔弾を躱す。
「そ、そんな」
射撃手は目を見開き身体を震わせる。
指示していた男は、すでにどこかに姿を消してしまっていた。
残っていた射撃手の魔銃をすべて斬り捨てると、悲鳴のようなものを漏らしながら、通路の奥に逃げてゆく。
ふと階下を見ると、メアリ、ファティ、カーラさんが宮殿の入り口から中に入ってくるところだった。
メアリが二階まで上がってくると
「キョーコ様。巫女様は⋯⋯ご無事なんでしょうか」
と口元を震わせながら聞いてきた。
一瞬答えに詰りながら
「大丈夫」
と無責任な発言をしてしまった。どのような状況なのかもわからないのに。
でもそれしか言える言葉がなかった。
とにかく急いで執務室に通じる左の通路に向かうと
「撃てぇっー!」
とまた逃げていった男の号令が聞えてきた。
視線の先にいくつもの魔力光がフラッシュのように輝き、炸裂音が轟く。
向かってきた魔弾をすべて斬って、正面を見ると、射撃手が横列を組んでいた。
二射目を撃たせる前に、魔銃を壊そうと駆け出す。
「ば、化物めっ!」
今ままで逃げ回っていた男が剣を抜くと、斬りかかってきた。
打ち合わず左側に避けて、身体が前に泳いで来たところを剣身で腕に一撃を食らわせる。男は呻くとそのまま床に突っ伏した。
射撃手の魔銃もすべて破壊してから、私は執務室の扉を開けて中に向かった。




