97.異変
学院生たちが転移魔石を使って続々と帰ってゆくと、最後に私、ファティ、メアリ、フレデリカの四人が残った。
カテリナちゃんも残ろうとしたけど、同級生たちと先に帰ってもらう。
ルクレツィアちゃんは放心したような表情で、ニウェウスさんとマリスさんに支えられながら、転移魔石を使っていた。
「キョーコ様。お召し物をお着替えくださいませ」
さすがに色んなところが破けて肌が見えている制服と、裸足のまま外に出るのは躊躇われたので、ファティの言う通りにした。
制服の予備はなかったので、ファティが収納魔道具からブラウス風の上着とスカートを取り出した。
自分で着られると言ったんだけど、あっと言う間に脱がされてしまう。 靴も私の足を綺麗にしてから履かせてくれた。
メアリとフレデリカに見られながら、着替えさせられるのは少し恥ずかしかったけど⋯⋯
──帰る準備が整い
「お待たせ」
とメアリとフレデリカに声をかけて帰ろうとした時、肝腎なことに気付いた。
私は転移魔石を持っていないということを。
「キョーコ様。これをお使いくださいませ」
ファティが転移魔石を掌に載せて差し出してきた。
「でも⋯⋯」
今まであまりにも色々と借りているので躊躇ってしまう。
「お気になさらないでくださいませ」
私一人だけダンジョンを戻ってもいいんだけど、やっぱりみんなを待たせるのも悪いので、厚意を受けることにした。
転移魔石を使うのはこれで二回目だ。転移した場所は、第一ダンジョン前の広場だった。
長い時間ダンジョンの中にいたと思うけど、まだ十分明るい。
ここに止まっていた数十台の馬車は、すで移動してしまっていた。
そんな中、まだスキエンティア先生がひとり残っていた。最後まで遺跡に残っていた私たちが帰って来るのを、待っていてくれたのだろう。
「皆さんも、速やかにいったんホテルに戻って、そこで指示があるまで待機してください。私はこれからマルゴー領主に、ダンジョンで起こったことを伝えに行きます」
「先生。そのことなんですが、私とファティが戦ったことは伏せてもらえませんか」
いずれ噂が立つのは避けられないと思うけど、わざわざそのことを明かす必要はないし。
スキエンティア先生は一瞬、意図を探るかのように私の目を見てきて
「わかりました⋯⋯あなた達のことは言わずに伝えましょう」
と頼みを聞いてくれた。
「ありがとうございます」
それからスキエンティア先生と別れ、一台残っていた巫女家の馬車まで行くと、カーラさんが心配そうな表情で立っていた。
「巫女姫様! お怪我は」
「大丈夫です。キョーコ様とファティさんが守ってくださいましたから」
カーラさんは安堵したように、息を吐くと
「恐ろしいモンスターが出たと聞いて、気が気ではなく⋯⋯でもキョーコ様とファティさんがご一緒ならそれも杞憂でした」
と言って微笑した。
みんなで馬車に乗り込み都市マルゴーのホテルに戻る途中、不意に肩に何かが触れたので見ると、メアリが私に寄りかかって眠っていた。
今日はなかなかハードだったからね。起こさないように、そのままにしておいた。
しばらくしてホテルに着くと
「あっ!?」
とメアリが声を上げて目を覚ました。
「す、すみません。寄りかかって眠ってしまいました」
「気にしないでいいよ」
私が微笑するとメアリは頬を赤く染めた。
ホテルに待機して出発が告げられたのは、三日も経ったころだった。今回のことでショックを受けている学院生が大勢いたので、少し落ち着くまで動けなかったのだ。
遠征が終わったらみんなで都市マルゴーを観光する予定だったけど、そんな雰囲気ではなくなってしまった。
まあ、また観光する機会も訪れると思うので、その時まで楽しみを取っておこう。
早朝に都市マルゴーを出発、神都レクスには一日かけて到着した。
日は暮れてしまっていたけど、魔道灯が街路に沿って設置されているので、とても明るい。
上層の一等地にある公爵家の館まで、フレデリカを送っていくことになった。
様々な豪邸が建ち並ぶ中でも、特に目立つ豪邸の前で馬車が止まった。
「今日はありがとう。ああ、見送りはいらないよ。ではさよなら」
フレデリカは手を振ると、馬車のドアを自分で開けて館に入っていった。
ヴェスタル宮殿まで公爵家の館から近いので、到着までそれほど時間はかからなかった。
どういうわけか周囲が少し暗かったので、その原因を探すと、宮殿の扉付近の魔道灯が点いていないからだった。魔石の魔力が切れているらしい。
でもカーラさんが周囲を見回し
「何かおかしいですね」
と口にした──
その直後、扉が勢いよく開け放たれ、そこからぞろぞろと影が列になって飛び出してきた。
私たちを囲んだ影の正体が、馬車の魔道灯に照らされ明るみにでる。
──それは武装した人間だった。




