表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/105

95.ハイコボルトキング

 ハイコボルトは当然、こっちに怪我人がいようが、具合いの悪い人がいようがお構いなしに襲いかかってくる。

 私はニウェウスさんとマリスさんを(かば)いながら進んだので、防御魔法の場所まで五分以上もかかった。


「おい! 入れないぞ」


 防御魔法の表面を片手で押しながら、ニウェウスさんが苛立たしげに声を上げた。

 表面に手を触れてみると、とても硬質な感触が伝わってくる。

 このままでは入れないので、防御魔法を(へだ)てて近くにいたファティに


「お願い、ニウェウスさんとマリスさんを中に入れて欲しい」


 と私は少し大きめの声を出して呼びかけた。

 するとファティが左手の甲をこちらに向けたまま、胸の辺りまで持ち上げる。その中指には翡翠(ひすい)色の魔石が付いた指輪をしていた。


 それを見た瞬間、私は通信アイテムを持っていたこと思い出し、指輪の魔石を押した。これで会話ができたはず⋯⋯



「ファティ。聞こえる?」

『はい。キョーコ様。聞こえております』


 優しい鈴のような呼び出し音のあと、頭の中に明瞭な声が響いた。

 さっそく要件を伝えようとしたところ──


 ハイコボルトが大平剣(だんびら)を振り下ろしてきたので、払い上げたところを袈裟(けさ)斬りにし、さらに上から飛びかかってきたもう一体は、股下から腹部にかけて斬り裂いた。


「二人を中に入れて欲しい」


 ハイコボルトはきりがなく襲いかかってくるので、仕方なく戦いながら要件を口にした。


『恐れながら申し上げます。そのお二方は自ら進んで戦いをお望みになりました。そのまま放置するのがよろしいかと存じます』

「そう言わないで。ニウェウスさんは怪我をしているし、マリスさんは魔力を限界以上に使って苦しんでる」


 ──ファティはほんの少し沈黙したあと


『かしこまりました』


 と聞き入れてくれた。


「ありがとう」

『ですが、少々問題がございます』

「問題?」

『はい。お二方を防御魔法の中にお入れするには一度、魔法を解かなければなりません』

「あーやっぱり。じゃあ、周囲のハイコボルトを遠ざけないとね」

「はい、キョーコ様にはご負担をお掛けすることになり、大変申し訳ございません」

「謝らなくてもいいよ」


 することが決まると、急に臭いが心配になってきた。

 周囲はハイコボルトの体液などで、まるで生ゴミのような腐臭(ふしゅう)がしているし。

 今の学院生にこの臭いを嗅がせるのは、ちょっと⋯⋯

 念のため


「消臭の魔法ってある?」


 と聞いてみたら


『ございます』


 と嬉しい答えが返ってきた。


「今、外はすごい臭いがしているから、消臭魔法お願いできる」

『かしこまりました』

「ありがとう。じゃあ、通話終えるね」




 ──三十分ほどかけて私は、防御魔法の周囲にいたハイコボルトをすべて遠ざけた。

 どうやらこの種族は魔法を使えないらしい。もし攻撃魔法などを使われていたら、守るのも難しくなるので助かった。


 ファティは防御魔法に中に二人を入れたあと、ニウェウスさんには回復魔法をかけて、マリスさんには紫色の液体が入ったビンを口に突っ込んだ。

 喉を上下させて飲んでいたら突然、気絶していたマリスさんが目を見開いて、顔を真っ赤にしながら()き込みだした。大丈夫かな⋯⋯


 咳が収まると、マリスさんはファティに何かを言い始めた。

 防御魔法で声が(さえぎ)られているので、何を言っているか分からなかったけど、怒っているのは確かだった。


 ──その時、不意にファティの顔が赤くなった。怒ったからではなさそうだ。

 メイド服も薄っすらと赤くなっている。しかも変化があったのは、ファティだけではなく周りにいた人たちも同じだった。

 赤くなった原因はすぐに判明する。防御魔法から五十メートルほど離れた辺りに、赤く輝く魔法陣が現れていたのだ。

 その中心に黒い巨大なシルエットが浮かびあがる。

 私の目に映ったのは、漆黒の体毛に狼に酷似した頭、直立歩行のハイコボルトだった。

 でも、周りのハイコボルトの身長が二メートル弱なのに対し、魔法陣から現れたのは三メートル以上もあった。

 両手には剣身が二メートル近く、幅五十センチはありそうな大平剣(だんびら)を握っている。


 恐らく、というかハイコボルト達のボスだ。

 私の考えを裏付けるように魔法陣の周囲に、ハイコボルトの群れが集まりだす。

自然にハイコボルトキングという名前が頭に浮かんできた。


 最終決戦と思うとちょっと緊張してきたので一度深呼吸をしてから、私はまだ魔法陣から動いていないハイコボルトキングに向って──駆け出した。


 その瞬間、凶悪としかいえないような咆哮(ほうこう)が耳を(つんざ)いた。

 それでも私は五十メートルの距離を瞬く間に詰めると、ハイコボルトキングに向って跳躍。

 左右の大平剣(だんびら)が大上段から振り下ろされたのに合わせて、私も剣を振り抜く。


 ──三条の閃光と化した剣が交わった瞬間、私はもの凄い勢いで後ろに弾き飛んだ。



 なんとか足から着地したけど勢いがなかなか収まらず、靴底削りながらファティの防御魔法の辺りまで(すべ)ってきてしまった。

 足元を見ると靴がぼろぼろになり靴下が破けていたので、脱いで裸足になる。

 足裏が心配になったけど、痛みはないので気にしないことにした。


 ハイコボルトの群れを無視して、一気にハイコボルトキングを倒そうとしたんだけど、さすがにそこまで甘くはないらしい。

 さっきのように無闇に飛ばないと決めてから、私は硬い地表を砕く勢いでもう一度駆け出した。


 立ち(ふさ)がってくるハイコボルトは斬り伏せ、無視できる位置なら構わず進んでゆく。

 あともう少しでハイコボルトキングに剣が届く──その時、大平剣(だんびら)がハイコボルトをまきこみながら横薙(よこなぎ)に振るわれた。


 その残虐な攻撃に剣を振り下ろした瞬間、今までで最大級の火花が弾け飛び、ミスリルコンでさえ折れるかも、と心配になりそうなほど激しく(きし)んだ。

 足元の岩盤が砕け散りながらも、その場に踏み止まっていると、頭上から大平剣(だんびら)がギロチンのように迫ってきた。

 今度はさっきのように打ち合わず、(かわ)しながらハイコボルトキングに接近、すれ違いざま斬りつけた。


 頭に響く苦しげな咆哮(ほうこう)が聞えたあと、地響きがしたので振り向いてみたら、ハイコボルトキングがうつ伏せに倒れていた。

 その腹部からは大量の青黒い血が流れ出し、周囲に広がってゆく。


 倒せたのかな⋯⋯

 私が様子を見ようとハイコボルトキングに近づいたそのとき、突然近くにいた眷族(けんぞく)(つか)んでその首を()みちぎった。

 耳を(ふさ)ぎたくなるような苦鳴と咀嚼音(そしゃくおん)が辺りに響き渡る。


 ──仲間を食べるなんて⋯⋯

 すると瀕死(ひんし)のはずだったハイコボルトキングがおもむろに立ち上がった。

 しかも腹部の血が止まっている。まさか、食べて回復?


 と思った直後──思考が続けられないほどの咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。まるで怒り狂っているみたいだ。

 ハイコボルトキングは地響きを立てながら、こっちに突進してきた。

 私は迎え撃つことにして、剣を正眼に構えた。


 それにしても仲間が食べられたのに、どうしてまだハイコボルトキングの側を離れないのだろう。今も()ぎ払われたり、蹴散らされ続けているのに。

 まあ、私にその思考を理解できるとは思えないので、目前まで迫ってきた相手に集中する。


 ぎりぎりまで引きつけてから、大平剣(だんびら)(かわ)して攻撃──そうイメージしていると、ハイコボルトの群れが私に突如向ってきた。

 それに対処したため初動が遅れ、ハイコボルトキングの大平剣(だんびら)を剣で受け止めなければならなくなった。


 ──硬い岩盤が砕け(すね)の半ばあたりまで沈み込んでしまう程の凄まじい斬撃。

 それでも私は防ぎきって大平剣(だんびら)を押し返すとその場から脱出、ハイコボルトキングに向って剣を袈裟(けさ)がけに振り下ろす。

 左鎖骨から綺麗に入っていった剣身は、斜線を描き右脇腹を抜けた。

 ハイコボルトキングは一度呻くと、まるで糸が切れた人形のようにその巨体が血溜まりに沈んだ。


 その姿を見ると追撃する気が起こらず、戦いの最中だというのに棒立ちになってしまった。


 ──その時不意に視界の端に赤い光が浮かび上がるのが見え、ふわっと転移時に起こる浮遊感に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ