90.第一ダンジョン
馬車の窓から外を見ると、木々がすごい速さで流れている。かなりの速度が出ているらしい。
神都レクスの西門から出て、しばらく大森林が続いていた。
以前、メアリを襲った賊を捕まえたあと、歩いて帰ったことがある道だ。
同じような風景が続いているので、襲われた場所がどこにあるのかまでは、分からないけど。
私は視線を車内に戻して
「ダンジョンのある都市マルゴーって、到着するのに一日くらいかかるんだよね」
と聞いた。
「途中何度か休憩を挟むからね」
と答えてくれたのはフレデリカだった。
「そっか、マルゴーってダンジョンの他に有名なところってある?」
「そうだね。色々あるよ。でも」
フレデリカはいったんコーヒー味のアミルム茶を一口飲み
「僕らが興味あるのは、やっぱりこれじゃないかな」
とケーキスタンドに載っていたキルクルス──いつ見てもマカロンを思い出してしまう──を手に取ると私たちに見せた。
「お菓子?」
「そう」
フレデリカは笑いながら答えると、一口キルクルスを食べた。
「興味ないかな?」
もちろんそんなことはないので
「ある」
と答えた。
すると
「キョーコ様、遠征が終了したら自由時間がありますので、もし⋯⋯よろしければ、都市を見て回りませんか。素敵なお店もあります」
とメアリから誘われた。
「うん。見てみたいし、行ってみたい」
「はい!」
メアリは嬉しそうに返事をしながら、笑みを零した。
都市マルゴーへは馬車を引く馬を何度か休ませ途中、村のようなところで休憩もして、やっと夕方に到着した。
早朝から出発したので、メアリもフレデリカも疲労の色が濃い。ファティの様子は普段と変わらなかった。
マルゴーは堅固そうな城壁に囲まれた城郭都市だった。
神都は白壁にオレンジ色の屋根の明るい建物ばかだけど、マルゴーは目立つ色は使われいない重厚な建物が並んでいる。
地味というわけではなく、歴史を感じさせる魅力ある街並みだった。
今日はダンジョンに行かないで、宿に一泊するらしい。私たちが宿泊するところは、まるで五つ星ホテルような立派なところだった。
前の世界では泊まったことはないけど。
部屋はメアリが巫女姫だったからか、最上階の豪華な部屋に泊まることができた。
メアリとフレデリカは限界だったみたいで、夕食を食べてお風呂に入ったあと、すぐに寝てしまった。
翌日は早朝から、ダンジョンに向って出発。
マルゴーの街中を三十分ほど走り続けていたら、次第に建物が馬車の窓から遠ざかっていって、辺りが開けてきた。
身体を窓に近づけて正面を見てみると、鉄柵が上に取り付けられた煉瓦の壁が見えてきた。
鉄柵は無骨なものではなく、何かの植物の蔦をモチーフにしている。
そのまま同じモチーフの鉄製の門を通って、中に入ってゆくと、都市の中にあると思えない豊かな自然が広がっていた。
「公園?」
私が受けた印象をそのまま口にすると
「はい。第一ダンジョン記念公園です」
とメアリが答えてくれた。
「公園にダンジョンなんて意外だね」
まあ、巫女の神域も教会の中にあるけれど⋯⋯
「モンスターが出てくることはないし。観光地にもなっているよ」
とフレデリカが説明すると
「実際、今のような形の公園が出来てから、約百二十年くらい経つらしいのですが、その間一度もモンスターが外に出た記録はないようです」
とメアリも続いた。
「そうなんだね」
と私が相槌を打ったタイミングで、箱型座席の御者窓が開き
「第一ダンジョン入口に到着いたしました」
とカーラさんが教えてくれた。
停車した馬車から降りるとそこは大きな広場のようで、数十台の馬車が止まってた。
広いと言ってもすべての馬車を止めるほどのスペースはないので、ここに止まっている馬車以外は他の場所に止めにいったらしい。
私たちの乗ってきた巫女家の馬車は、出発前と違って今度は先頭の方に止められていた。
並んだ馬車の前には数十人の学院生たちが、綺麗に整列している。
フレデリカを先頭にして、私たちは学院生の間を進んでいった。
列の切れ目に出るとそこから正面五メートルほど先に、芝生が大きく盛り上がっている場所が見えた。
そこは人がひとり通れるくらいの石枠で囲われていて、その奥には下に続く階段らしきものがある。
石枠の左右にはここを管理しているらしき人が立っていて、スキエンティア先生と何やら話をしていた。
それから五分ほど経過したとき、スキエンティア先生が私たちの前まできて
「それでは、三年生と一年生は十人くらいのPTになって、順々に第一ダンジョンに入ってください。弱いモンスターと言ってもモンスターには違わないので、決して油断しないように。大広間に到着したら、全員揃うまでそこで待機していてください」
と指示を出した。
すると一斉に学院生たちがガヤガヤとしだして、PTを作り始めた。
私、ファティ、メアリ、フレデリカはすぐに、一緒のPTになったんだけど、あと六人はどうするんだろう。
「キョーコ様。あとのメンバーは私が決めてもいいでしょうか」
「うん」
私では決め方がわからないし、メアリに任せておこう。
「はい」
メアリは返事をすると周囲を見回し始めた。ダンジョンの入り口前の広場には、ざっと見て五、六十人の学院生たちが集まっていた。
残りの四十人はどこか別の場所で待機しているのだろう。
メアリはその中から目的の人物を見つけたのか、ニコッとすると
「カテリナさん」
と決して大きいわけでもないのに、よく通る声で呼びかけた。
メアリの視線の先をたどって見ると、頭の上についている猫耳がピクピクと動いて、声に反応しているカテリナちゃんの姿があった。
カテリナちゃんは自分を呼んだ人物に気付くと、慌てて私たちの方に走ってくる。
「み、巫女姫様。お、お呼びでしょうか」
カテリナちゃんの姿はいつものメイド服ではなく、動きやすそうな格好をしていた。
「急に呼んでしまってごめんなさい」
「い、いえ」
「良かったら、私たちとPTを組んで欲しいのですが」
「そ、そんな。私なんかが」
「キョーコ様もいらっしゃいますし」
「えっ、あっ!?」
私とカテリナちゃんの目が合う。
「キョーコ様! す、すみません。ご挨拶が遅れました」
「いいよ。そんなこと気にしなくて」
「い、いえ。そういうわけには」
「ほら。ちょっと落ち着いて」
フレデリカがカテリナちゃんの肩に手を置いて、優しく声をかけた。
「フレデリカ様!」
「ほら、深呼吸」
「は、はい」
カテリナちゃんは健気にフレデリカの指示通りにした。
深呼吸を終えると、カテリナちゃんは多少落ち着いたのか
「巫女姫様。わ、私の友だちも一緒によろしいでしょうか」
とメアリに聞いた。カテリナちゃんの後ろには、不安そうな表情をした同級生らしき子たちが数人いる。
皆女生徒でローブを着ている子がほとんど、その中でひとりだけ革の鎧を装備している子がいた。
「ええ、皆さんでいきましょう」
メアリは微笑しながら頷いた。
「ありがとうございます!」
カテリナちゃんをはじめ、同級生も嬉しそうにお礼を言った。
こっちが四人でカテリナちゃんたちが六人だったので、これでダンジョンに潜ることができる。
最初にダンジョンの入口に向って行ったのは、フレデリカだった。
フレデリカって先頭を行きたいタイプなのかな。
「さあ、あとに続いてください」
メアリが先輩らしく、後輩たちを導く。
最後に残ったのは私とメアリとファティだった。
「キョーコ様。ファティさん、行きましょう」
「うん」
私とファティはメアリを真ん中にして、石枠の入り口を通っていった。




