89.愛の告白?
「キョーコ! ここで会えるなんて奇遇ね。やっぱり私たちは、運命の星によって結ばれているのよ」
ルクレツィアちゃんは私に気づくと、嬉しそうに声をかけてきた。
でも今回の遠征に学院生は全員参加するのだから、奇遇じゃないんだけどね。
この時、巫女家の馬車からニウェウスさんと、マリスさんも降りてくるのが見えた。
私はその二人と挨拶を交わして
「二人は遠征に参加するんですか?」
と聞いてみた。
「はい。参加します」
「何当たり前のこと聞いてんだ」
マリスさんは丁寧に答えてくれたけど、ニウェウスさんからはぶっきらぼうな答えが返ってきた。
「遠征は──」
「ちょ、ちょっと、何、私を無視して話をしようとしてるのよ!」
「無視してはないよ。反応に困っただけで」
「反応に困ったって何よ!」
「え〜と⋯⋯」
「ルクレツィア。あまりキョーコ様を困らせてはいけないわ」
私がうまく言葉を返せないでいると、メアリが助け舟を出してくれた。
「お姉様はお黙りになって!」
メアリはそんなことを言われるとは思わなかったのか、口を少し開けて固まった。
「貴女!」
このままでは喧嘩になってしまうと思い
「ルクレツィアちゃんは、どうしてそこまで私に構ってくるのかな」
と私は二人の間に入った。
「貴女が欲しいからよ!」
──その言葉に私は意表を突かれてしまった。
何気なく隣にいるメアリを見ると、驚いているのか、呆れているのか、何とも言えない表情をしていた。
視線を前に戻すとニウェウスさんは退屈そうにしていて、マリスさんは優しくこの場を見守るような微笑を浮かべている。
「ちょ、ちょっと、聞いておいて黙ってるのはどういうことなのよ!」
「ああ⋯⋯ごめんね。今のって愛の告白?」
「「なっ!?」」
ルクレツィアちゃんとメアリの声が仲良く重なった。
「な──何勘違いしているのよ。私が女に愛の告白なんてするわけないでしょ!」
「ルクレツィア様。さっきの言葉はそう取られても仕方ないと思います」
「ああ。みごとな愛の告白だったよ。くくく」
マリスさんとニウェウスさんがニヤニヤしながら言った。
「あ、貴女たち⋯⋯あとで覚えておきなさい」
ルクレツィアちゃんは二人に言い返して私の方を向くと、顔がすこし赤くなっていた。
「と、とにかく、そういう意味じゃなくて。キョーコを家臣にするのはやめるから、その代わり私の護衛になって欲しいの!」
「どうして? ルクレツィアちゃんにはニウェウスさんとマリスさんがいるでしょ」
「私は欲しいと思ったものは、すべて手に入れたいのよ」
「ごめんね。私はルクレツィアちゃんの護衛はできないよ」
「どうして!」
「私は二人同時に護れないから。それともメアリといつも一緒にいてくれる? それなら護衛も出来そうだけど」
私の提案にルクレツィアちゃんの表情が、まるで苦虫を噛み潰したようになった。
「お姉様といつも一緒にいるなんて、そんなこと出来るわけないでしょ」
「じゃあ、仕方ないよ」
「そうだ! キョーコのメイドをお姉様の護衛につければいいじゃない。そうしたらキョーコは私の護衛ができるでしょ」
「何を言われても、私はメアリの護衛は辞めないから。諦めて」
「やだ! 私は貴女を諦めない」
困ったなぁ⋯⋯と思っていたら
「ルクレツィア様、もう行きましょう。キョーコさんを説得するのは無理です」
「また謹慎したいのか。私はごめんだぞ」
とマリスさんとニウェウスさんが声をかけた。
するとルクレツィアちゃんの顔から、急に血の気が引いたように見えた。
心配になって大丈夫と言おうとしたら
「どうしたんだい? 大きな声が聞こえたけど」
と裏表のないような心地よい声が聞こえてきた。
声のした方を見るとショートカットの似合う快活そうな美少女、フレデリカがこっちに歩いてきた。
「行くわよ。貴女たち」
ルクレツィアちゃんが不機嫌そうな声を出して、ニウェウスさん、マリスさんを引き連れて立ち去ってしまった。
「ルクレツィア。ずいぶん機嫌が悪そうだね」
メアリは今あったことを、簡単にフレデリカに説明した。
「そうか。彼女が巫女家でもどうにもならないことはあるし、それを学ぶにはいい機会だったじゃないか」
フレデリカの大人な発言に、メアリは共感したように頷いていた。
「申し訳ありません。キョーコ様。またルクレツィアがご迷惑をお掛けしてしまって」
自分が少しも悪くないのに、メアリは毎回必ずと言っていいほど謝ってくる。
ここでメアリが謝る必要なんてないよ、と言ったとしてもこの前のように、私は巫女家ですからと言われてしまいそうなので
「お姉様は大変だね」
と言うだけにしておいた。
メアリは私の言葉に苦笑すると
「はい」
と返事をした。
「じゃあ。そろそろ学院長の挨拶があるから向かおう」
フレデリカに促されて、私たちは馬車の間を歩き始めた。
そういえば学院に通ってから九ヶ月以上は経っているのに
「学院長に会ったことは一度もない気がする」
「何を言ってるんだい。毎日会っているじゃないか」
フレデリカは笑いながら言った。毎日会っている? どういうことだろう⋯⋯
メアリを見ると、なぜか微笑されてしまった。
疑問が解決されないまま進んでいたら、いつの間にか馬車の列から抜け出していた。
広場に大勢の学院生が整列している。ざっと数えて百人以上はいるようだ。
フレデリカは後列に並ぼうとせず、学院生の間をずんずん進んでいった。
制服姿でいる学院生は誰もいない。これからモンスターのいるダンジョンに遠征に行くので、ローブを着ていたり、動きやすそうな様々な格好をしていた。
鎧のような重い装備をしている人が少ないのは、これから馬車に乗って移動するからだと思う。
などと考えていたら唐突にフレデリカは歩みを止めた。
私はそのままフレデリカの隣に、私の右側にはメアリとファティが並んだ。ってここ先頭だよね⋯⋯
私たちの正面には朝礼台のようなものが設置されていて、その左右には先生たちの姿があるだけだった。
「学院長、ご挨拶」
先生の誰かがそう告げると、ローブ姿の小さな人物が壇上に向かっていくのが目に入った。
その愛らしい顔と背の低さから一見すると子供に見える、でもその人が大人の女性であることを私は知っていた。
週六日はその人の講義を受けているのだから。でもまさか、スキエンティア先生が学院長だったなんて⋯⋯
「この度の遠征は三年生にとって最後の遠征となります。何度も行っているからといって、気を抜くことのないように。この遠征はダンジョンとは何か、モンスターとは何かを学ぶための遠征です。決して遊びではありません。旅行ではないのです。それを肝に命じるように。また一年生は今回の遠征が──」
スキエンティア先生が壇上に上がってから話し終わるまで、十分くらいは要した。どこの世界でも、先生の中で一番偉い人の話は長いのだろうか。
学院長の他に話をする先生はいなかったので、ようやく遠征に出発することになった。
学院生はそれぞれ自分の乗る馬車に向って、列から離れていく。
私たちも馬車に向かおうとしたとき
「僕もメアリの馬車に乗っていいかな」
とフレデリカが聞いてきたので、同じ馬車で遠征に行くことになった。
馬車まで戻ってくると、後ろの座席には私とメアリが、正面の席にはファティとフレデリカがそれぞれ腰掛ける。
フレデリカも他の学院生と一緒で制服姿ではなく、貴族の子女が着る平服姿だった。
ファティは当然のようにメイド服を着用している。作りは普通のメイド服に見えるんだけど、アーティファクト製の凄い一品なので、普通の装備品を身につける必要がそもそもなかった。
メアリはファティが貸している闇払いという名称のローブを着ていた。
これもアーティファクトのメイド服に劣らない程の性能を持っている。
そんな中、私ひとりだけ学院の制服姿だった。その理由は私に重い装備は必要ないし、制服がかわいかったから。
誰もそんな私の格好を見ても、突っ込んでくる人はいなかった。
そんなことを考えていたら、ファティは収納魔道具からケーキスタンドと茶器を取り出していた。
馬車は振動を車内にほとんど伝えない魔法、速度上昇効果が掛けられているので、ケーキが落ちてしまったり、お茶が零れたりする心配はなかった。
それでもさすがに急停車すると、魔法の効果も薄れてしまうけど。
「僕はアミルム茶がいいな」
フレデリカがリクエストしたアミルム茶は主に若い女性に人気のある飲み物で、アミルムという芋から取り出したデンプンを、粒状にしてお茶の中に入れる飲み物。
アミルムは様々な飲み物と合うのでとても種類が多かった。前の世界のタピオカドリンクととてもよく似ている。
でもファティはアミルムの粒なんて持ってるのかな。
「かしこまりました」
そんな心配いらなかったらしい⋯⋯
私たちは全員、タピオカドリンク、じゃなかった、アミルム茶をファティに頼んだ。
フレデリカはコーヒーを、私とメアリはミルクティーを、ファティはココアをベースにしたアミルム茶を飲むことにした。




