85.観戦
離れて横から見ると、ウヌスさんの巨大さが一際よくわかった。
宰相の集団は三十人ほどで私から見て左手側、ウヌスさんの正面、百メートル程の位置に陣取っている。
ウヌスさんと比べると、簡単に踏み潰されてしまうほど小さい。
勝てるのこれ⋯⋯とつい嫌な未来を想像していたら宰相のPTに動きがあった。
PT全体が淡く光り出したのだ。赤や緑や黄、様々な色同士が重なり合って、何色とも判別できない色が踊るように瞬いている。
ステータス上昇などの補助魔法を掛けていた。
その光が収まった次の瞬間、フォルティスさんがウヌスさんに向かって突貫した。
瞬く間に間合いを詰めてきたフォルティスさんに向かって、ウヌスさんは後ろ足を振り下ろす。
私はフォルティスさんの見るも無残な姿を想像して、思わず顔を顰めてしまう。
──でも次の瞬間、私のその暗い想像は覆された。
フォルティスさんがウヌスさんの後ろ脚を、颯爽と駆け上がっていく姿が見えたのだ。
私はほっと胸を撫で下ろした。別にフォルティスさんの味方でウヌスさんの敵だからというわけじゃなく、自然な心理的作用で。
そう私が心理を分析している最中に、ウヌスさんは自分の後ろ脚を駆け上がってくるフォルティスさんに向って前足で狙いをつけていた。
それをフォルティスさんは垂直にジャンプして躱すと、一気にウヌスさんの顔辺りまで接近した。
フォルティスさんはグレートソードを垂直に振り下ろす。
見事に剣身はウヌスさんの頭を捉えた。けど激しい火花が飛び散ってグレートソードが弾き飛ばされる。
フォルティスさんも体勢が崩れて空中に無防備に放り出された。
そこにまるで鯨がオキアミ捕食するように、ウヌスさんの巨大な顎門がフォルティスさんに迫る。
──もう駄目!?
と思った刹那、ウヌスさんの頭部が爆発したと思える程の赤い閃光に包まれた。
その際の轟音と衝撃のためか、ウヌスさんはフォルティスさんを飲み込むタイミングを失ってしまったようだった。
ウヌスさんの頭部から煙幕が晴れると、縦に割れた瞳孔がギロリとどこかを睨む。
その時再びウヌスさんの頭部に、立て続けに激しい爆発が起こった。
後衛の魔法による怒濤の攻撃だった。よく見ると弓矢の攻撃もそれに加わっている。
パルティアさんの神技とも言うべき弓は健在で、放たれた矢は正確に、ウヌスさんの瞳に吸い込まれるように向かっていく。
フォルティスさんはこの素晴らしい援護のお陰でウヌスさんに食べられることなく、後ろ脚を斬りつけて反撃していた。
なかなかいい連携なんじゃ、と思ったのも束の間
「グォオオーギャァアアーオォオオー」
──突如、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの凄まじい衝撃が襲ってきた。私は思わず耳を両手で塞ぐ。
どうやらウヌスさんが吼えたみたいだ。
頭の中に直接話しかけていた時とは違い、ウヌスさんの生の声ともいうべきもので、空気を振動させていた。
このためにPTの攻撃が一瞬止んでしまう。
見ると全員ではないけど、PTの半数以上は耳を抑えて蹲ってしまっていて、耳からは血が流れ出ていた。
もしかしたらと私も不安になって、耳を塞いでいた手を離して掌を見る。
でも血は掌につかず、耳も正常に聞こえていた。
少しほっとして視線をPTに戻すと、予想以上に苦しんでいるようだった。
なんとか回復魔法で態勢を整えようとするけど、この隙をウヌスさんは見逃さない。
ズシンズシンとその超重量で時戻りの間を揺らしながら、突進していく。
今、あの混乱している中にウヌスさんが突っ込んだだけで、PTは壊滅してしまう。
破壊の権化となったウヌスさんにPTが蹂躙されようとしたその時、その前に立ちはだかる影があった。
エルザさん、フォルティスさん、セルウィさん、ニウェウスさん、フェーデちゃんだった。
みんなウヌスさんの咆哮に耐えきったみたいだ。
ウヌスさんはそのまま構わず突進するかに見えたその時、突然動きを止める。
──いや、止められた。
ウヌスさんの首、両前脚、胴、両後脚にそれぞれ巨大な鎖が巻き付けられていた。
一体この鎖はどこから出現したんだろう。
視線を鎖にそって辿らせると、空間に黒い穴のようなものが無数に開いていて、鎖はそこから出ていた。
ウスヌさんの咆哮に何とか耐えた数名の魔法使いが協力しあって、この鎖の拘束具を出しているらしい。
「エルザ! あれを使え」
「任せろ」
フォルティスさんの意味ありげな言葉に、エルザさんが応える。
あれってなんだろうと思っていたら、ウヌスさんはもう拘束から逃れる寸前だった。
その巨体を強引に揺すっていると、魔法の鎖の輪が軋みをあげ、やがて引き千切られるようにして消滅してしまった。
それでもこの僅か三十秒あまりの時が、PTの危機を救う。
この間に後衛はなんとか態勢を立て直し、ウヌスさんから再び距離を取ることができていた。
再び前衛の方に視線を戻すと、二度と後衛に近付けさせないというばかりに猛攻を開始していた。
フォルティスさんとセルウィさん、ニウェウスさんは協力しながらウヌスさんの右後脚を執拗に攻撃している。
セルウィさんは獣化しニウェウスさんはドラゴニュートの力を開放していた。
エルザさんはこの攻撃には加わらず、姿が見えない。
どこにいるんだろうと視線を巡らせると、ウヌスさんの胸部辺りで銀色の閃光が走った。
その閃光を目で追うと、ウヌスさんの身体を苦もなく駆け上がっていくエルザさんを発見。
ウヌスさんは自分の身体を道にされるのを不快に思ったのか、まるで羽虫でも払いのけるように、その前脚をエルザさんに向かって振るった。
しかしエルザさんはその前脚を軽やかに躱して、ウヌスさんの瞳に近付くと剣で斬りつけた。
しかも一度や二度ではなく、瞬く間に数百もの斬撃を。
あれというのはいつ使うんだろうと注目していたら、エルザさんの左手が突然光って、大きな首輪のようなものがウヌスさんの首あたりに嵌まった。
『ガハハ、龍隷環など。ずいぶん懐かしいものを持ち出す』
龍隷環? 何かの弱体化アイテムなのかな。でも一向にそんな気配はないけど⋯⋯
と思いながらエルザさんのカッコいい姿を見たあと、ふと目線を下げるといつの間に現れたのか、巨大な存在が目に入ってきた。
巨大といってもウヌスさんと比べると小さいけど、体高は十メートル以上はある銀色の毛並みをしたフェンリルだった。
きっとマリスさんが召喚したのだろう。
フェンリルはフォルティスさん達が攻撃している右後脚を、頭を左右に素早く振りながら噛み千切ろうとしていた。
ウヌスさんは脚を持ち上げたり振ったり、また踏み潰そうするけど、そのどれもがフェンリルやフォルティスさん達に巧みに躱されている。
さっきからフェーデちゃんの姿が見えないので探してみると、ウヌスさんの腹部にいた。
そのごつごつした鱗を上手いこと足場にして、フェーデちゃんは猛烈に拳や蹴りでもって打撃を加えていく。
ダメージが通っているのか、それともうるさく思っているだけなのか、ウヌスさんの左前脚がフェーデちゃんに叩きつけるように向かっていく。
──あっ!? と私が思わず声を出したときには、ウヌスさんの巨大な前脚でフェーデちゃんの姿は隠れて見えなくなってしまっていた。
ウヌスさん、容赦なさすぎるよ⋯⋯
私がそう思っていたらウヌスさんからやや離れたところに、山吹色の小さな姿が現れた。
ウヌスさんの凶悪な張り手から、フェーデちゃんは間一髪逃れていたらしい。
この時、バチッというような音が聞えて、何かが一瞬光った。
よく見るとそれは電光で一瞬でウヌスさんの胸部に直撃する。
これは味方が感電しない? と心配になったけど、どうやら大丈夫のようだった。ウヌスさんの側にいた誰一人、感電している様子は見られない。
その雷の発生源を探して見ると、数名の魔法使いの杖やロッドから紫電が放たれていた。
それはそうとまだガイウスさんとエミリーさんの姿を見ていないので、二人を探してみると後衛の集団の中に紛れていた。
ガイウスさんが床に仰向けに横たわっていたので、一瞬息ができなくなる。
その側でエミリーさんがガイウスさんに向かって回復魔法を唱えていた。
もしかして死──と不吉なことが私の頭に過ぎる。
何度かエミリーさんの回復魔法の淡い光に包まれていたら、唐突にガイウスさんは上体を起こした。
ガイウスさんは死んでなかった。ごめんなさい。勝手に殺しちゃって⋯⋯
エミリーさんもガイウスさんが回復したのを喜んでいた。
たとえ死んでもこの時戻りの間から出れば、生き返ることが出来るけど、それに私が慣れることはなさそうだ。また慣れたくもないけど⋯⋯
『我が手加減しておれば、それをいいことに調子に乗りおって!』
突如、ウヌスさんの凄まじい怒声が頭の中に響き渡った。そのため私は物思いから叩き出された。
『お遊びは終わりだ。小さき者ども!!』
どうやらウヌスさん、キレちゃったみたいだ。




