84.二度目の対峙
「あのドラゴン。な、なんてでかさだ!」
「襲ってこないよな」
「動いてないぞ。生きてるのか?」
「古代級地龍だわ。初めて見た」
「はぁーやっと着いた」
「近くで見ると凄い建物だ」
「この樹海どこまで広がってるの?」
「おい──あの黒髪の女。見たことないか」
「あ、まさか⋯⋯」
皆、霊廟や新生殿、地下にあるとは思えない樹海の広がり、ウヌスさんを見て、いろいろ口にしていた。
それとおまけ程度には私のことも⋯⋯
私のよく知っている人もいれば、新しい人もいた。宰相がその集団から私の方に進み出て
「やはり、貴様か」
と不快感も露わに声をかけてきた。
「どうも⋯⋯」
私は決まりが悪いながら、一応挨拶を返した。
「何故、貴様がここいる? あの時、貴様は言ったはずだ。次は止めないと」
「はい。止めはしません。私がここにいる理由は、ただここで戦って欲しくないからです」
「戦うだと!」
「私とではありません。あちらにいるドラゴンとです」
私はウヌスさんの方に振り返る。
「た、戦う? あんな化物と」
「勝てるわけがない⋯⋯」
「冗談だろ」
「引き返した方がいいのでは」
「静まれ!」
宰相が一喝すると、一瞬にしてざわつきが収まった。
鋭い目つきで宰相が私を見ると
「貴様はただ傍観しているというのか?」
と確認してきた。
「はい。手出しはしません。ただ無理にこの建物の中に入ろうとしたら、止めさせてもらいますけど」
「貴様に一体どんな権利があって、我々に命令するというのか!」
そんなに怒鳴らなくても⋯⋯
「別に権利とかではありません。あちらにいるドラゴンはこの階層を護っています。無理に入ろうとしたらあなた方もこの周辺も、大変なことになります。私はそれが嫌なだけなんです」
宰相は私をひと睨みすると舌打ちをして、そのまま集団のところまで戻った。今度は宰相と入れ違うように、私の知っている人たちが向ってきた。
エルザさん、フォルティスさん、ガイウスさん、エミリーさんだ。
「キョーコ。久しぶり。祝賀会以来かな」
「ようっ! 元気そうだな」
「お前、全然店に顔を見せないから心配したぞ」
「あのメイドいないの⋯⋯?」
他にはパルティアさんとセルウィさんもいたけど、声をかけてくるようなことはなかった。
パルティアさんは私を一瞥しただけで素っ気ない態度だったけど、セルウィさんは私を見て頷いた。
この時
「こんにちは。キョーコさん」
と予想外の人から挨拶をされた。
ルクレツィアちゃんと一緒にいた半魔のマリスさんだ。
その側にはドラゴンニュートのニウェウスさんもいる。
「こんにちは。謹慎は解けたんですか?」
「はい。一週間前にやっと巫女様のお許しが出ました」
「六ヶ月は長かったよ。やっと暴れられる。鍛錬くらいしか許されなかったからな」
マリスさんに続いてニウェウスさんが答えた。
「ルクレツィアちゃんは一緒じゃないんですね」
「はい⋯⋯ちょっと寝込んでいまして」
マリスさんは顔を曇らせながら答えた。
「大丈夫なんですか?」
「ええ。じきに治ります」
「そうですか」
「一緒に来たかったみたいですが⋯⋯」
一緒に来なくて正解だと思う。ここに来ていたら大変な目にあっていただろうし。
「キョーコ!」
かわいらしい声が聞こえてきたと思ったら、フェーデちゃんだった。
「こんにちは」
「お前。もう戦わないと言ったのに、嘘ついた。嘘よくない」
お前って⋯⋯
「駄目だよ。お前なんて口聞いちゃ。それに私は戦わないから、嘘は言ってないからね」
「ほんとか」
「うん。本当だよ」
「おい!」
フェーデちゃんと会話をしていたら、フォルティスさんが口を挟んできた。
「今からドラゴンと戦うって時に、悠長に話をしている場合かよ。あのドラゴンだって、いつまでじっとしているかわからねえし」
「あれが君の言っていた古代級地龍か」
さらにそこにエルザさんが会話に加わってきた。
「そうです」
「今、あのドラゴンがあんなに大人しいのは、君の指示か」
「指示というか、頼みを聞いてくれたからです」
「そうか。意志の疎通ができるほど知能があるドラゴン⋯⋯」
「怖気づいたのか。エルザ」
「そんなことはないさ。ただ厄介だと思っただけだ」
フォルティスさんのからかうような発言に、エルザさんはクールに対応した。
「あの⋯⋯どうしても戦う気ですか」
「当たり前じゃねえか。そのためにここまで来たんだぞ」
「私もあの建物の中に入ってみたい。そのために戦わなくてはならないなら、戦うさ」
「そうですか⋯⋯」
「ふふ、わからないといった顔だ」
エルザさんは女の私でも、魅力的だと思える微笑を浮かべながら言った。
「はい。あのドラゴンと戦うのはとても危険です⋯⋯」
「そうだな。でも私は期待しているんだ」
「期待?」
「ああ。君がまたあの時戻りの間という場所を、使ってくれることをね」
「たとえ死ななくても、苦痛や恐怖の記憶は残ります。それでも戦うんですか?」
「戦う。それが私たち迷宮探索者の度し難いところだからさ」
一瞬の躊躇いもなく言い切ったエルザさんを、ちょっとカッコいいと思ってしまった。
「そういうことだ。生命が惜しかったらこんなことすると思うか」
フォルティスさんもエルザさんと同意見らしい。
「わかりました⋯⋯では準備の方はいいですか?」
「ああ、頼む。時戻りの間に全員送ってほしい」
「私が送るわけじゃないですけど、わかりました」
ドラゴンの姿に戻ったウヌスさんの耳まで、声が届くかどうか分からないけど
「ウヌスさん。お願いします」
と私は頼んでみた。
『承知した』
ウヌスさんの言葉が頭の中に響いたと同時に、身体が浮き上がったような感じがして視界が暗転──
一瞬にして私は別の広大な空間にいた。天井と床は黒く白い壁、前に一度来たことがある時戻りの間だ。
ふと横を向くと、何やら黒っぽいごつごつした岩肌のような物が目に入ってきた。
こんなところに岩なんてあったっけ? と思いながら視線を上に向けると──
わっ!? 岩だと思っていたのはウヌスさんの脚の一部だった。
時戻りの間はそそり立つウヌスさんが入れるほど、十分な高さがあるらしい。
それにしても私をこんなに自分の近くに転移させなくてもいいと思うんだけど⋯⋯戦いになったらちょっと側を離れよう。邪魔になるだろうし。
宰相の集団はどこに転移したのかなと、視線を正面に向けるとすぐに見つかった。
私のいる場所から百メートルくらい離れた場所に、転移させられていた。
「すみません。ウヌスさん。向こうが攻撃してきたら、反撃を開始してください」
『それは何故だ』
ウヌスさんの疑問は当然なので
「強者のルールみたいなものです」
と答えた。
それがボスなんですと言っても通じないだろうし。
『強者か。ガハハッ。我は強者。先手は向こうに譲るべきよな』
ウヌスさんは上機嫌に笑いだした。
「それではお願いします。私は向こうで見ていますね」
どれくらい離れれば適当かわからなかったので、取りあえず百メートルくらいウヌスさんから距離を取った。




