83.誰?
ファティに案内された場所は通路が入り組み、いくつもの扉や階段の先にある、もう使われてなさそうな物置だった。
物置の中は埃を被った机や椅子、剣や盾それに鎧、またよく分からない物までところ狭しと置かれている。
私がそれらを見回しているとファティがおもむろに屈んで、床に敷いてあった古そうな汚れた絨毯を除けた。
すると床に最近描かれたらしい、小さな魔法陣があった。
「学院にこんな場所があったなんて知りませんでした⋯⋯それにこのような魔法陣まで」
メアリが不思議そうに口にすると
「私もこの物置のことは存じませんでしたが、転移魔法陣を設置する適当な場所を探していたら、発見したのでございます」
とファティが答えた。いつの間に⋯⋯まあ今はそれよりも
「ここから私だけ霊廟前に転移させることはできる?」
「可能でございます」
「よし。じゃあ──」
「えっ!? お一人で行かれるのですか」
私が次の言葉を言う前に、メアリが不安そうに聞いてきた。
「うん。今から行く場所は危険がないとは言えないから。ごめんね」
それに宰相のパーティーとウヌスさんは確実に戦うことになるだろうし、メアリにはその光景を見せたくなかった。
たぶん凄いエグい光景になるだろうし、私だってあまり見たくないんだけど⋯⋯
「わかりました⋯⋯」
「ファティは私がいない間、メアリの側を離れないでいてね」
「かしこまりました」
「じゃあ──そろそろ行くね」
「キョーコ様。その前にこれをお持ちくださいませ」
ファティから引き止められて、透明な筒のような物を渡された。筒の中には紫色をした綺麗な宝石のような物が入っている。
「転移魔石でございます。ご使用すればダンジョンの入口付近にお戻りになることが出来ます」
「ありがとう」
これがなければ後から自力で、巫女の神域を一層一層上って帰らなければいけないところだった。
私は転移魔石を収納魔道具にしまうと、魔法陣の上に立った。
「キョーコ様。転移魔法を発動いたします」
「うん。もし必要になったら遠話の指輪で連絡するね」
「かしこまりました」
──ファティが魔法陣に向かって掌を向けると、足元の魔法陣が淡く黄金色の光を放つ。
その光がすぐに私の視界を覆うと、浮遊するような感覚がして──
次の瞬間、私の眼前には広大な樹海が広がっていた。どうやら私はとこしえの大地に転移できたらしい。
そこは一度見たら忘れることが出来ないほど雄大な風景──なんて、感慨に浸っている場合じゃなかった。
宰相のパーティーを探さなくては。
周囲の樹海を眺めてみたけど、鬱蒼としていてパーティーの姿は発見できなかった。
私の近くには白亜の立派な建物、霊廟と新生殿がある。
この辺りにはまだ人が来た形跡はなさそうだった。
念の為、霊廟の中を確かめようと、一歩踏み出したその時──
ズシンッ!! と唐突に足元の大地が揺れた。
「キョーコ。久しいな」
私はその声に振り返り──えっと⋯⋯
「誰!?」
私の前にいたのは見知らぬ小さな一人の少女だった。
赤いワンピースのような物を着て腕を組み、仁王立ちしていた。
頭の両側には普通の人間にはない角のような物が生えている。
「何を言っている! 我だ。ウヌスだ」
「──えっ!? ウヌスさん?」
「そうだと言っておる」
「ウスヌさんて女の子だったんですか?」
「女の子って⋯⋯我は二万九千歳だぞ」
「そうはまったく見えません⋯⋯」
まさかウスヌさんがこんな美少女だったなんて。二万九千歳だけど⋯⋯
「まあ、龍のなかじゃ、若い方だからな」
「人化もできたんですね」
「そんなの造作もないことだ。それはそうとファティはどうした」
「今は別行動しています」
「そうか。珍しいこともあるものだ。ファティが霊盃の巫女から離れるとは」
「ちょっと緊急事態で」
「それは侵入者のことであろう」
どうやらウヌスさんも気付いているみたいだ。
「はい。それで今どの辺りにまで来ているか、分かりますか?」
「うむ。もう少しすればここまでやって来よう」
「あの。ウヌスさんにちょっとお願いがあるんですが⋯⋯」
「何だ。願いとは」
「はい。ここでは戦わないでくれませんか」
「戦うなだと? 神聖な場所に踏み込んだのだ。皆殺しに決まっておろう」
ウヌスさんはやっぱりとても過激だった⋯⋯
「いえ。戦うなとは言っていません。ここで戦って欲しくないだけです。もし無理にここで戦うなら、私が止めに入ります⋯⋯」
「ガハハッ」
突然、ウヌスさんがその可愛らしい姿に似合わない笑い方をした。
「キョーコ。それは願いではないぞ。それは脅しだ。普通の人間ならいざ知らず、お主は霊盃の巫女なのだからな」
「い、いえ。私はそんなつもりで言ったわけじゃありません。ここが荒らされたくないだけです」
「わかっておる。ではどうしろというのだ」
「ウヌスさんは時戻りの間を使えますか?」
「そういうことか⋯⋯」
時戻りの間はそこで大怪我を負ったりたとえ死んでも、そこから出れば入る前の状態まで時を戻すことができる。
ただし、記憶だけは失われない。時戻りの間から出ても、中で起こったことはすべて覚えている。
私がもし恐怖や苦痛、死を体験してその記憶が残っていたら、再びダンジョンに挑戦しようとはしないと思う。
でも⋯⋯宰相たちは再びやってきた。
「よかろう。我もこのとこしえの大地を穢したくはない」
ここはツッコまない方がいいよね⋯⋯私と初めて出会った日にいきなり攻撃してきて、樹海を火の海にしたのは誰なんだろうと。
「キョーコ。彼奴等がこの丘にたどり着いたぞ」
私はウヌスさんのその言葉で、丘から樹海に変わる境目あたりを眺めた。
確かに鬱蒼とした樹木の間から、丘に向かってくる三十人ほどの集団がいた。
まだこの霊廟がある場所からは、二百メートル以上は離れている。
先頭は歩くのは赤い鎧に青い長髪の男性だった。その人の顔を私はよく知っている。メアリの叔父で宰相。
私はまだそばにいるウヌスさんの方に振り向き
「ウヌスさん。いきなり襲い掛からないでくださいね」
と頼んだ。
「我を何だと思っているのだ。青二才のドラゴンじゃあるまいし」
「それは失礼しました⋯⋯」
「我はお前たちが話している間、黙っていよう」
「わかりました」
会話を終えるとウスヌさんの身体が淡く輝き、その姿が見るみる内に大きくなっていった。
人化を解いてドラゴンに戻ったのだ。相変わらずその姿は大きい。
その時、人の話し声のようなものが聞こえたので、視線をウヌスさんから丘の下の方に移すと、もう集団は目と鼻の先までやって来ていた。




