82.半年
歌劇場での暗殺未遂事件から少しずつ日常が戻ってきて、メアリは元気に学院に通い続けていた。
その間、幸いにもメアリが狙われるようなことはなかった。
でも誰かが潜んで狙っていたら、私に探知する能力はないんだけれど⋯⋯
そのかわりファティが警戒してくれているし、不審者がいれば教えてくれる。
「──ぅさん、ガクドウさん!」
スキエンティア先生⋯⋯?
私はハッとして、今講義を受けていることを思い出し
「は、はい」
と慌てて返事をした。
「ガクドウさん。今の話を聞いていましたか?」
私は物思いに耽っていたので当然
「すみません。聞いていませんでした」
と答えるしかなかった。
「もっと真面目に講義を受けてください」
可愛らしい童顔で、小学生くらいの背丈しかないスキエンティア先生が怒っても、どうしても可愛さが勝ってしまう。
スキエンティア先生はハーフリングと呼ばれる種族で、大人になっても背は低いままで、顔も老けることはないという。
その外見からはとてもそうは見えないけど、歳は二十代──
「ガクドウさん?」
「は、はい。聞いています」
「では講義を続けますので、しっかり聞いてくださいね」
スキエンティア先生は溜息を吐くと講義を再開した。
「キョーコ様」
私は隣に座っていたファティから急に名前を呼ばれて、心臓が大きく跳ねたような気がした。
まだ講義の途中で、さっき注意されたばかりだし今、私語などしたら大変なことになる。
でもファティが講義中に声をかけてきた方が気になった。講義中はめったに発言しないし。
「どうしたの?」
私はファティに小声で聞いた。
「はい。侵入者でございます。とこしえの大地に、近付いている者たちがおります」
「えっ!?」
私は今、講義中だということを一瞬忘れて、大きな声を出してしまった。
あっ、と思ったときにはスキエンティア先生が、怒ったような表情をして私を見ていた。
「ガクドウさん。なんでしょうか?」
「すみません。何でもありません⋯⋯」
スキエンティア先生はさっきより深い溜息を吐くと、再び講義に戻った。
たぶん、私はこのクラスの問題児と思われているかも、というか思われているよね。
初めて学院に来た日に、決闘騒ぎを起こしているし⋯⋯まあ、自分から好きで起こしたわけじゃないけど。
「ここじゃ話しにくいから、外に出よう」
「かしこまりました」
私はファティに伝えたあとメアリに
「問題が起こったから早退するね。ごめんね、一緒に早退することになっちゃうけど」
と理由を詳しく説明もせず言った。
「はい。構いません」
メアリは訳がわからないはずなのに、疑問を口にしなかった。
「すみません。スキエンティア先生」
「ガクドウさん。今度いったいなんでしょうか」
スキエンティア先生が、少しイライラしてきてるのを感じる。
「急用が出来たので早退します」
「あ、ガクドウさん──」
私たちはスキエンティア先生の返事も聞かずに、講義室からそそくさと出てゆく。
メアリはその際、自分の隣に座っていたフレデリカに、心配しないでと伝えていた。
講義室から出てドアを閉めたあと
「もしかして、また宰相たちかな?」
と私は初めて、巫女の神域の最下層にたどり着いた人たちを思い出しながら、ファティに聞いた。
「あの方たちにしか、おそらく最下層には到達できないと存じます」
「そうだよね⋯⋯」
宰相⋯⋯巫女様の弟にして、メアリの叔父。
執念が凄かったので、また最下層までやって来ると思っていたけど。
そういえば祝賀会の時に、半年後にまた挑戦するとか言ってたような気もする。
あの時からもう半年経ってたんだ⋯⋯
「キョーコ様。その宰相というのは私の叔父のことでしょうか?」
「うん」
私はメアリの問いかけに、別に隠すことでもないと思い簡単に認めた。
「では、叔父に何かあったのですか⋯⋯」
「大変危険な場所に向かってる」
「そんな⋯⋯」
古代級地龍のウヌスさんは、宰相たちと遭遇したらきっと容赦しないだろうなぁ。
私はもう戦うつもりはないけど、いくだけいってみよう。見殺しにはしたくないし、あの場所で戦って欲しくない。
宰相は話を聞かないとは思うけど⋯⋯
「じゃあ、急いで巫女の神域に向かうね」
「キョーコ様。この学院からでも転移が可能でございます」
「出来るの?」
「はい」
学院から転移できることを不思議に思ったけど、今は一刻を争うので転移場所に向かうことを優先した。




