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80.巫女様との対話

 劇の中止を伝えられた時は観劇者も少しざわついていたけど、たいして混乱も起きずロイヤルボックスに頭を下げてから、続々と立ち去っていった。

 巫女(みこ)様はまだ動く様子がなかったので、私たちはまだ待機している。



 しばらくすると再び支配人がロイヤルボックスに現れ従業員以外、歌劇場から立ち去ったと報告した。

 巫女様は椅子から立ち上がると


「帰るぞ」


 と一言告げてさっさと歩き始めた。

 私とメアリは手を(つな)ぎながら巫女様の後を追った。



 歌劇場の外に出るとすっかり暗くなっていて、通りの街灯が辺りを照らしていた。

 正面にある通りを見ると、一台の立派な馬車の側にカーラさんが立っていた。

 どうやら暗殺者をどこかに連行し終わったらしい。

 カーラさんは私たちに気付くと頭を下げた。

 その手には明るい光を放つランタンのような物を持っていて、巫女様が馬車のステップに足をかける際に、それで足元を()らしていた。


 メアリとはこのまま手を繋いで一緒に馬車には乗れないので手を離すと、一瞬寂しそうな顔を見せながら箱型座席(キャリッジ)の中に乗り込んだ。

 その後に続いて私が中に入ると後部座席には巫女様、その正面の座席にメアリが座っていた。


「キョーコ様。こちらにお掛けください」


 メアリに言われるままに、私はその隣に腰を下ろす。

 すると右手に何かが触れた感触がしたので隣を見ると、メアリが恥ずかしそうに下を向きながら、私の手を握っていた。

 最後にファティが乗ってドアを閉めたあと、馬車は走り出した。




 ヴェスタル宮殿に戻ってくると、私たちは先頭を歩く巫女様の後について通路を進んだ。

 静かな宮殿内に足音だけが響く。


 執務室(しつむしつ)の前までたどり着いたとき


「今日はゆっくり休むがいい」


 と巫女様が私たちの方に振り返って言った。

 巫女様は私たちの返事も聞かずに、執務室の中に向かおうとしたので


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが」


 と私は引き止めた。

 巫女様は立ち止まると私に振り返り


「──入れ」


 と少し間があったあと口を開いた。




「それで何だ。聞きたいこととは」


 巫女様が執務室の椅子に腰掛けながら、(いぶか)しげな表情を向けた。


「知っているなら教えてください。メアリを⋯⋯狙っているのは一体だれなんですか」


 私がそう聞き(ただ)した時、握っていたメアリの手に少し力が入ったのを感じた。


「──まだ確かなことは分っていない」


 巫女様はしばらく沈黙したあと、ようやく口を開いた。


「じゃあ以前、捕まえた賊から何か情報は得られましたか」

「たいした情報はない」


 巫女様は多分、首謀者を知っているような気がする。歯切れが悪いし⋯⋯


「首謀者は何か手が出せないほど強い存在なんですか? そうなら私が力ずくで捕まえてきますけど」

「ま、待て! それはするな」


 突然、巫女様が慌てて私を止めようとする。このような様子見るのは初めてだった。


「どうしてですか。またメアリが狙われるよりいいと思いますし。自惚(うぬぼ)れに聞こえるかもしれませんが、私は大抵の相手なら無力化できると思っています」


 メアリの危険を一刻も早く取り除けるのなら、私は力を使うことを躊躇(ためら)わない。

 霊盃(れいはい)の力があれば首謀者の捕縛(ほばく)くらいは可能だと思うし。


「私は別にお前の力を疑っている訳ではない。お前なら可能だろう。だが、もう一度言うが、待て。簡単に力では解決できない問題なのだ」

「──わかりました⋯⋯ですが次にメアリに危険が迫るようなら、私のやりたいようにさせてもらいます」


 巫女様は私の言葉に厳しい顔をしながら(うなず)いた。

 でも力で解決できない問題ってなんだろう。

 やっぱりメアリのような要人を狙うってことは、政治が絡んでいるのかな。


「もういいか? 下がって休め」

「最後に一つだけ、聞きたいことがあります」


 巫女様は鋭い視線を私に向けたまま、返事をしなかった。

 私はそれを了承されたと考えて


「貴女の実の娘が、何度も命の危険に(さら)されているのに、どうしてすぐに行動を起こそうとしないんですか」


 と思い切って口にした。


「私とて手を(こまね)いているわけではない。メアリが狙われだしたのはつい最近のことだ。そう⋯⋯お前が暴漢から助け出したあたりからな。私はその報を受けたとき──メアリを襲った者共をできればすぐに八つ裂きにしたかった──」


 そう語る巫女様の双眸(そうぼう)は怒りからか、ぞっとするような冷酷な光を放っていた。


「巫女の娘の命を狙うのは尋常ではない。私は何か裏があると考え、情報を得るためにいったん八つ裂きにするのを何とか思いとどまったのだ。今回のように⋯⋯」


 メアリは巫女様の話を聞いている間、ずっと握っている私の手に力を込めていた。


「不満か?」

「いえ⋯⋯それが判断としては正しいのでしょう。私に出来るのはきっと力頼みのことだけでしょうから」

「ふっ、私はお前たちのその力を頼りにしている。私がこんな悠長(ゆうちょう)なことを言っていられるのは、お前たちがいるからだ。どのようなことが起ころうと、お前たちならメアリを(まも)りきれるだろうと、私は信じている」


 すごい無茶振りだなぁ⋯⋯


「でも絶対なんてありませんよ」

「自信がないのか」

「いえ⋯⋯」


 私一人では無理だけど、ファティとなら。


「納得したか? なら話しはこれで終わりだ」


 納得はしていないけど、いい案が浮かばなかったので


「なるべく早く解決してください」


 とだけ伝えた。


「わかっている。もう下れ。夜も遅い」


 と巫女様は私たちに退室を命じた。

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