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79.劇の中止

「カーラさん⋯⋯」


 どうしてここに?

 カーラさんは私を見ると(うなず)いて微笑した。

 それから突然、(かがむ)む動作をしたと思ったら、何かを(ひろ)い上げていた。よく見るとその手には魔銃が握られている。

 さっき男が落として、そのままになっていたのだ。そこで私は初めて魔銃の外観をはっきりと目にした。

 ()った装飾が全体に施されていて、何か美術品のような(おもむき)を持っていた。



「キョーコ様。後は私にお任せください」


 カーラさんは私が(ひね)り上げていた男の右腕に手を()えてきた。

 ちょっと私が躊躇(ためら)ってたら


「ご心配には及びません。私もキョーコ様ほどではありませんが、武術の心得があります」


 と微笑みながら言われた。

 そこまで言われたら、私に(しぶ)る理由はなかった。


「お願いします」


 私はカーラさんが男をしっかり確保したのを見届けてから、立ち上がった。

 男はもう抵抗もせず大人しく(したが)っていた。


「それではキョーコ様。行きましょう」


 カーラさんに(うなが)され移動しようとしたそのとき


「待て! 一体お前たちは何者なんだ。一言も説明はなしか?」


 とさっき私に怒りをぶつけてきた体格の立派な人が、カーラさんの前に立ち(ふさ)がった。


「この男は暴漢で、その暴漢をこのお方が捕えて下さったのです」

「暴漢⋯⋯」

「私たちは急いでいますので、これで失礼いたします」


 カーラさんに再び促された私は、状況がまだよく飲み込めてない歌手たちを残して、舞台袖を後にした。



 通路を進んで劇場の入口付近まで来たとき


「キョーコ様。私はここで失礼いたします」


 とカーラさんは頭を下げて、劇場の入り口から外に出ていく。

 一人になった私はロイヤルボックスのある場所を思い出しながら、近くにあった階段を上がり始めた。



 たいして時間もかからず、私はロイヤルボックスにたどり着いた。扉をノックをして


「キョーコです。入ってもいいですか」


 と中に呼びかける。

 すぐにファティが扉を開けくれたので、中に入ったら


「キョーコ様!」


 と急にメアリが胸元に飛び込んできた。

 優しく抱きとめるとその身体は(ふる)えていた。


「大丈夫。メアリに指一本だって触れさせないから」

「はい⋯⋯」


 メアリの返事を聞いたあと、ふと視界に巫女様が椅子に腰掛けているのが見えた。

 もう犯人は捕まったので大丈夫だと思うけど⋯⋯


 それから少しの間、メアリと抱き合っていたら


巫女姫(みこひめ)様。いつまで、そうしているつもりでございますか?」


 とファティの不機嫌さを(にじ)ませた声が掛けられた。


「あっ⋯⋯も、申し訳ありません。キョーコ様」


 とメアリは恥ずかしそうに身体を離した。

 その直後、扉がノックされる音がロイヤルボックスに響き


「巫女様。テアトルムでございます。今よろしいでしょうか」


 と男性の声が聞こえた。

 すると突然、私の左腕に何かが押し付けられる感触がした。見ると私の腕にメアリがすがりついてきている。

 扉を凝視(ぎょうし)しているその横顔は、とても緊張しているように見えた。


「入れ」


 と巫女様が許可を与えると、ファティが開けた扉から


「失礼いたします」


 と一人の男性が入ってきた。

 その男性はこのロイヤルボックスに案内してくれた人で、私がこの劇場の支配人だと思っている紳士だった。


 その人は巫女様が座っている椅子の前まで行くと


「巫女様。大変申し訳ございません。暴漢が入り込んだとのことで⋯⋯」


 と深々と頭を下げて謝罪した。


「よい。支配人の不手際ではない」


 巫女様は怒っている様子もなく、舞台側を向いたまま答えた。

 どうやら私が思っていた通り、本当に支配人だったらしい。


「巫女様。演奏会はいかがいたしましょう」

「中止にしてくれ」

「かしこまりました。それで理由は暴漢が出たためと⋯⋯」


 さすがに暗殺未遂事件が起こったなんて言えないしね⋯⋯


「うむ」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」


 支配人が再び深々と巫女様に頭を下げ、洗練された身のこなしで振り向いた。

 私は支配人が立ち去ってしまう前に


「あの⋯⋯二階で倒れていた人は大丈夫でしたか?」


 と置いていった人のことが気になっていたので、確認した。


「おお!? もしかして貴女様が、助けをお呼びくださったのですか」

「それくらいしか、出来ることがなかったので⋯⋯」

「貴女様のおかげで、その者の負った怪我も大事に(いた)らずに済みました。助かったその者に代わって感謝申し上げます」


 支配人は微笑すると頭を下げた。


「いえ」


 私はほっとした。これで何かあったら、後悔していたかもしれない。

 あの時はあの判断が正しかったと思っていても⋯⋯



 支配人がロイヤルボックスから立ち去ると


「お前たちも立っていないで、座ったらどうだ」


 と巫女様が私たちの方に振り向き、声をかけてきた。

 メアリはまだ私と腕を組んだままで


「はい」


 と返事をした。

 このままソファーに座ると今の状態が、他の席からも見えてしまうので


「手を(つな)いで座ろう」


 とメアリに提案した。


「はい⋯⋯」


 メアリは少し躊躇(ためら)いがちに、私の腕に回していた手を外した。

 私が右手を差し出すと、メアリは何故か少し恥ずかしそうに手を握ってくる。

 そのまま手を繋いで一緒にソファに腰掛けた。


 舞台上を見下ろしてみると、歌手たちの姿はなく、舞台演奏場(オーケストラピット)にいる管弦楽団の人は待機しているようだった。

 観劇者の方を見ると会話をしているくらいで、特に変わった様子は見られない。


 それからすぐに劇場の関係者が舞台上から、また席の方に移動しながら、演奏会の中止を伝え始めた。

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