72.祝賀会
初日にあのような騒ぎを起こしてしまったので、翌日学院に来るのは少しドキドキした。
でも講義室に入っても、一瞬注目されるくらいで、普通に挨拶を交わすだけ。
その中の一人、フレデリカさんは実際の目撃者だけど昨日のことは話題にしなかった。
他人の目を気にして、配慮してくれたのかもしれない。
スキエンティア先生も運動室で起こったことの詳しい説明はせずに、今補修中なので立ち入り禁止であるということを伝えただけだった。
講義は問題なく進行して、やがてお昼休憩になった。
食堂で昼食をとっていると
「ファティ様!? キョーコ様!?」
と聞き覚えのある、驚いたような声がかけられた。
後ろを振り向くと──マグヌス伯爵家のメイド、カテリナちゃんが驚いた表情で立っていた。
「カテリナちゃん!?」
カテリナちゃんが慌てたように頭を下げると、猫耳が目に入った。
もちろん偽物ではなく、本物の猫耳。
「ここの学院生だったの?」
「はい。キョーコ様とファティ様も?」
「うーん。まあ、立ってるのも何だから、良かったらファティの隣に座って」
ファティの隣の席はちょうど空いていた。
食堂は結構混雑しているのに、何故かファティの隣には誰も座っていない。
もしかしたらファティが美少女過ぎて、みんな気遅れしてしまっているのかもしれない。
「構いません。カテリナ」
「はい。ファティ様。失礼します⋯⋯」
とカテリナちゃんはファティの隣の椅子に腰掛けようとしたとき
「あっ!?」
と声を上げた。
「巫女様! フレデリカ様」
どうやらカテリナちゃんはメアリとフレデリカさんとは、面識があるらしい。
同じ学院に通っているので、不思議じゃないけど。
カテリナちゃんは恐縮したように、ふたりに挨拶をしていた。
──食堂でお昼休憩が終わる少し前まで会話を楽しんだあと、カテリナちゃんと講義室に戻る途中で別れる。
カテリナちゃんは学年が一つ下らしいので、講義室も別だった。
メアリの護衛を始めたので、会うのは難しくなると思っていたから、この学院で会えたことは嬉しかった。
これでいつでもランチやお茶会ができるし。
スキエンティア先生の講義は相変わらず専門的で、難しくてわからなかったけど、何とか最終講義まで乗り切った。
あとは帰るだけと思った直後
「キョーコ。ちょっといいかな。今から付き合ってほしいところがあるんだけど」
とフレデリカさんに引き止められた。
一体なんだろう⋯⋯
フレデリカさんの後についていくと、たどり着いた場所は──運動室だった。
そこはニウェウスさんとマリスさんとのバトルで、ボロボロになった第一運動室ではなかった。
フレデリカさんが言うには、第二運動室と呼ばれている場所らしい。
広さは第一運動室の半分、学校の体育館くらいだった。
「キョーコ。これを」
フレデリカさんが何かを私に向かって差し出してきた。
よく見ると私に向けているのは柄で、フレデリカさんは鞘を握っていた。要するに剣。
「安心して欲しい。殺し合いをしようってわけじゃないよ。これは模造剣さ」
まさかフレデリカさんも、私の力を試すなんて言うんじゃ⋯⋯
「まだわからないって顔をしているね。簡単なことだよ。ただキョーコに稽古をつけて欲しいんだ」
「稽古? 私は人に教えるなんて出来ないよ」
剣技の知識など私は持っていないので⋯⋯
私が戦えるのは、戦闘経験が蓄積されている霊盃のおかげに過ぎないのだから。
「相手をしてくれるだけでいいんだ」
まあ、それでいいなら⋯⋯私は差し出された模造剣を受け取った。
「フレデリカ。あまりキョーコ様のご迷惑になるようなことは⋯⋯」
昨日、第一運動室での事を思えば、メアリが心配するのも頷ける。
「大丈夫、あんなことにはならないよ。それに、僕にそんな力はないから」
──それからフレデリカさんと模擬戦をすることになって約三十分。
「はぁ、はぁ。いや〜、当たり前だけど強いね⋯⋯かすりもしない」
フレデリカさんは仰向けになって床に寝転びながら、息苦しそうに声を絞り出していた。
「まだ続ける?」
「いや、今日はこれくらいで⋯⋯」
「今日は?」
「良かったら毎日講義後に、今日のように付き合って欲しいんだけど」
私にはメアリの護衛があるので、私の一存では決められない。
そのため聞こうとしたら
「キョーコ様がそれでよろしければ、私は構いません」
とメアリから許可が出たのでこれから毎日、フレデリカさんと稽古みたいな真似事をすることになった。
──学院からヴェスタル宮殿に帰ってきて、餉の間で夕食をみんなで食べていると
「キョーコ。一週間後、祝賀会があるからお前も出席してくれ」
と巫女様から突然伝えられた。
「えっ!? 私がですか」
「そうだ」
「どのような祝賀会ですか」
「先日、巫女の神域の最下層で、書庫アグノイアが発見されるという偉業がなされた。それを讃えるための祝賀会だ」
もし私がお茶を口にしていたら、吹き出していたかもしれない。
「そ、そうなんですね⋯⋯」
巫女様はそれを誰から聞いたんだろう。宰相かな。
それだと私と戦ったことも言われてそうだけど⋯⋯
巫女様が何も言わないならそれでいい。聞かれたら答えにくいことだし。
食事を終えて餉の間から、メアリの部屋に戻ってくると、私は猛烈に祝賀会に行きたくなくなってきた。
宰相も当然出席するよね⋯⋯
そうだ! 貴族の祝賀会だからドレスコードがあるんじゃないのかな。
今の私は貴族の子女の格好らしいけど、パーティには相応しくないと思うし。よし! これを理由に、祝賀会を断ろう。
「祝賀会にはドレスが必要じゃない?」
私は一緒にソファーに腰掛けていたメアリに聞いてみた。
「はい。アフタヌーンドレスが必要になります」
やっぱり! 私が思った通りだった。アフタヌーンドレスなんて物を私が持っている訳がないので、これで祝賀会に出席しなくてよさそうだ。
「残念だけど私はアフタヌーンドレスを持ってないから、祝賀会には出席できないみたい」
「それでしたら、私のドレスをお召しになりませんか」
メアリから思いもよらなかったことを言われて、私はちょっと焦った。
「でも、サイズが違わないかな⋯⋯」
私とメアリは身長も体格も違うので、メアリのドレスは着れないと思う。
「それは大丈夫です。昔、巫女様がお召になっていたドレスを、私が戴いたものがあります。キョーコ様と巫女様は背格好が同じくらいですし、お召しになれると思います」
「そのドレス⋯⋯私が着たら問題になりそうなんだけど」
巫女様の元ドレスだし。もうこれ以上ここで問題は起こしたくない。
「問題ありません。もう私のドレスですので。それに巫女様も何も仰らないと思います」
「そうなの⋯⋯」
もはや祝賀会から逃げられないみたいだ。




