71.巫女様の判断
帰りの馬車の中は行きとは違い、重苦しい雰囲気に包まれていた。
学院初日で決闘騒ぎを起こしてしまったので、当然なんだけど⋯⋯
怪我人が出なかったとはいえ、建物はかなりの被害が出たし。しかもメアリの従妹が関わっている。
ここで元気が出るような会話が出来れば良かったんだけど、私にそのような話術はない──と思っていたら
「キョーコ様。申し訳ございません」
とメアリが唐突に頭を下げて謝ってきた。
「な、なんでメアリが謝るの?」
「ルクレツィアが大変なご迷惑をお掛けしてしまいました」
私がというより、メアリの方が迷惑を掛けられているような気が⋯⋯
「私は大丈夫だよ。怪我もしていないし。それよりごめんね。大事になっちゃって」
「キョーコ様が謝罪する必要はございません。悪いのはすべて仕掛けてきた方でございます」
今までずっと黙っていたファティが口を開いた。
確かに仕掛けてきたのは向こうなんだけど、剣を手にして戦ったのは私も同じだし、責任なしとは言えないと思う。
「申し訳ございません⋯⋯」
メアリはまるで自分の過失のように、もう一度謝った。自分の身内の起こした騒ぎなので、責任を感じているのかもしれない。
「えーと⋯⋯もう謝らないで、私はメアリが悪いとは思ってないし。──言えるのはそれだけ」
「はい」
私の話術ではこれが限界。今はそっとしておこう。
それからしばらくは馬車の走る音だけが聞こえていた。
──やがてその音も止むと
「ヴェスタル宮殿に到着いたしました」
と知らせるカーラさんの声がした。
私たちは馬車から降りると、真っ先に巫女様の執務室に向かう。
執務室で許可を得て中に通されると、巫女様は執務机で書類を眺めていた。
巫女様は私たちに一瞬だけ視線を向けると
「客室のソファで待っていろ。あとでいく」
と指示をして、再び書類に視線を落とした。
執務机の上には書類が山積していて、すべて処理するのはとても大変そうだ。
執務室の隣にある客室まで行くと、私とメアリはソファーの側に立ち、ファティは壁際に立った。
メアリが私にソファーに座るよう勧めてくれたけど、断った。
座れるような状況じゃないと思ったし。
メイドさんが運んで来てくれたお茶とお菓子には手をつけるようなことはせず、私たちは巫女様が来るのを待った。
──体感で十分ほど経ったとき、客室と執務室の間のドアが開いて巫女様が現れた。
ソファーに巫女様が腰を降ろすと、メイドさんがすかさずその前にお茶を置いた。
「何故立っている。座れ」
私とメアリは巫女様に促されるまま、ソファーに一緒に腰掛けた。ファティは座らず立ったままだ。
「──そうか」
メアリが運動室で起こった出来事の一部始終を話し終えると、巫女様はそう一言口にした。
巫女様は眉を寄せていて、その心は困っているのか、怒っているのか、私には読み取ることはできなかった。
「これは何らかの処分を下さねばならんな。本来であれば学院で武器を使うなど、極刑にも値する行為だが──」
「極刑!」
私は思わず少し大きめの声を出してしまった。
そこまで重い処分が下る行為だったとは、想像さえもしてなかったから。
「落ち着け。極刑にするとは言っていないぞ」
「はい⋯⋯」
「ルクレツィアは私の弟の娘でな⋯⋯ああ見えても巫女家なのだ。甘いとは思うがそう簡単に極刑にはできん。うむ⋯⋯」
巫女様が顎に手を当てると、思案するような表情になった。
「退学が妥当だな」
「じゃあ、私も退学でしょうか」
最初に仕掛けてきたのは向こうだけど、応戦したのも事実なので。
「何故だ? お前は仕掛けられた方であろう。仕掛けた方にすべての責任がある」
喧嘩両成敗という考えは、この世界にはなかったらしい⋯⋯
「じゃあ、私はお咎めなしですか」
「なぜ咎める必要がある?」
巫女様は心底、私の言っていることがわからないといった感じだった。
でもさすがに退学はかわいそうだと思う。恐らく歳はまだ十五もいっていないだろうし。
それに今回は誰も怪我人が出ていない。
「あの⋯⋯」
「なんだ」
「別に退学にしなくても、いいんじゃないでしょうか」
「極刑にしろと?」
「──い、いえ、そうではなく⋯⋯」
「ふっ、冗談だ。わかっている」
会話が始まってから、巫女様は初めて微笑した。
とても笑えない冗談だったけど⋯⋯
「そうだな⋯⋯」
巫女様は少し考え
「お前がそう言うなら⋯⋯謹慎というところか」
と退学を取り消してくれた。
ルクレツィアちゃんの処遇が決まったあとは、みんなでお茶を飲んでから解散となった。
執務室を後にし、そのままメアリの部屋に直行する。
部屋につくと私とメアリは同じソファに腰掛け、ファティはテーブルを挟んだ向かい側のソファに座ってもらった。
メイドさんは人数分のお茶とお菓子を置いて、控室に下がっていった。
メアリが私の方に向くと
「キョーコ様。先程はありがとうございました。ルクレツィアのために取りなしていただいて」
と感謝を述べた。
「いきなり退学はかわいそうだと思って⋯⋯でも良かった、聞き入れてくれて」
「はい。巫女様は誰かの意見でお考えを変えたことがほとんどないので、驚きました」
どうして巫女様が考えを変えたのか分からないけど、ルクレツィアちゃんが退学にならなかったのはラッキーと思っておこう。




