7.ゲームじゃない
私はこの残酷で壮絶な光景を見て理解した。
これはゲームの世界じゃないと。
私がショックのあまり動けなくなっていると、倒れていたゴブリンの傷口がオレンジ色の光に包まれ、ドクドクと流れ出ていた血が止まった。
かなりの深手だったはずなのに⋯⋯
その時ふと視界の端に黒い影が見えた。
その影をよく見ると槍を前に突き出した鎧姿のゴブリンと、杖のような物を両手に構え、ローブのような衣服を着ているゴブリンだった。
夢中で戦っていたので気付かなかったけど、ここには計三体のゴブリンがいたのだ。
「ダークゴブリンソルジャーとダークゴブリンビショップでございますね。まあ、ゴブリンごときが何匹現れようと雑魚に過ぎません」
ファティはそう言うけど私はまだショックを引きずっていて、すっかり萎縮してしまっていた。
どうしよう身体が動かない⋯⋯
──その時急にファティが私の前に来て、突然頭を下げた。
「申し訳ございません。キョーコ様はまだこちらの世界に慣れていないのにもかかわらず、いきなりモンスターと戦わせるという浅はかな提案をしておりましたことを、いま悟りました」
私は謝りながら頭を下げ続けるファティを見て慌てた。
ファティはゴブリン達に背を見せている。いつ襲われてもおかしくない。
私はファティを後ろに庇ってゴブリンと対峙した。
ゴブリンはその間、何故か攻撃を仕掛けてこなかった。
ゴブリンが動かない今のうちに答えなきゃいけない。
「ファティ。頭を上げて。謝らなくちゃいけないのは私の方だよ。ごめん⋯⋯ファティは何も悪くない。私が決めてここに来たんだから。私が甘かったんだ。モンスターと戦うのはゲームみたいにいくはずがないのに、そのことを私は理解してなかった」
「いえ。すべて私が悪いのでございます。私はキョーコ様がモンスターと戦ってどう思われるか、考えておりませんでした」
「ファティは悪くないから。でも今は先にゴブリンを倒そう」
「それでしたら私がキョーコ様の代わりに、ゴブリン共を倒します」
ファティはそう言うと私の横に立った。すると、はっきりとゴブリン達が後ずさる。
ゴブリン達はファティに怯えていたのだ。ファティが背中を見せていても、攻撃が出来ないほどに。
「ファティ。ありがとう。でも私が戦うよ。この世界で生きていくって、力を受け継いだときに誓ったから」
ファティに私の決意を伝えると
「かしこまりました」
と答えて私の後ろに下がった。
ゴブリン達はファティが後ろに下がっただけで、何となく安堵しているように見えた。
私はまだ多少の緊張は残っていたけど、もう萎縮はしていない。
これからどう戦えば良いのか、ゴブリンを観察する。
パーティーの構成は盾の役目のダークゴブリンナイト、アタッカーのダークゴブリンソルジャー、後衛のダークゴブリンビショップの計三体で、なかなかバランスが良さそうなパーティだ。
ナイトの怪我を治したのはダークゴブリンビショップの回復魔法だろう。
そのため一番先に倒すのは、回復魔法を使われたら厄介なダークゴブリンビショップがいいはず。
そう決めた私は迅速に行動を開始した。
一気に前衛のゴブリン達の間を駆け抜けて、一番後ろにいたダークゴブリンビショップの前まで近付き、躊躇なく剣を振り下ろす。
ダークゴブリンビショップがその瞬間、爬虫類のような目を見開き驚愕の表情を浮かべているように見えた。
剣は少しの抵抗もなくダークゴブリンビショップの身体を斬り裂いていく。
今度は青黒い血が吹き出てもパニックにはならなかった。
まだ嫌悪感はあるけど⋯⋯
次に私は身体を反転させると、近くにいたダークゴブリンソルジャーに向かう。
ダークゴブリンソルジャーは慌てて槍を繰り出したけど、私はそれをすり抜けるように躱して袈裟懸けに斬り伏せた。左肩から右脇腹に向かって大量の血が吹き出す。
そのタイミングでダークゴブリンナイトも斬り掛かってきたので、私は振り下ろされた大剣を打ち払い、その体勢が崩れたところを上段から鎧ごと斬り裂いた。
私が使っているミスリルコンという剣は鎧さえ斬り裂く、かなりの業物みたいだ。
通路を見ると三体の動かなくなったゴブリンが倒れていた。
そのなかなかの惨状に、私は思わず顔を顰めてしまう。
私が生み出した光景なんだけど⋯⋯
「キョーコ様。素晴らしい体捌きでございました」
「う~ん。自分が今の動きをしたっていう実感が、あまりないんだけどね」
「それを含めてキョーコ様のお力でございます」
「うん。この身体に感謝しないとね」
会話の途中でふと自分の着ている服に視線を移したら、白いブラウスが青黒く変色しているのに気付いた。
うわぁ⋯⋯これゴブリンの返り血だ。
借り物の服を汚してしまったと思っていたら、変色したブラウスがあっという間に元の白さを取り戻した。
どうやらファティが洗浄魔法を使って綺麗にしてくれたらしい。
「ありがとう」
私がお礼を伝えると、ファティは微笑して頭を下げた。