69.ドラゴニュートと半魔
──運動室の上の方から二つの影が、ルクレツィアちゃんの側に飛んできた。
「待ちくたびれた」
「この黒髪の女の子なんですね。ランク10を倒したというのは⋯⋯」
最初に口を開いた人物は驚いたことに、両耳の上から真っ白い角の様なものが生えていた。髪も同様に真っ白で、瞳は燃えるような赤だった。
それからとても美形な女性。
次に口を開いた人物は紺の髪と瞳を持つ、これまた美人の女性だった。
外見は最初の人に比べて特にこれといった特徴はない──と思ったら、瞳孔が縦に割れていた。
「彼女たちは私が雇った護衛よ。白い髪をしているのがドラゴニュートのニウェウス。もう一人が半魔のマリスよ」
ルクレツィアちゃんが誇らしげとも、自慢げとも取れる口調で二人を紹介してくれた。
「さあ、始めましょう。二人相手でしかもドラゴニュートと半魔だけど、まさか卑怯だなんて言わないわよね。一人でランク10が二人もいるパーティを全滅させたんだから」
ルクレツィアちゃんが一方的な独断をする。
その間にニウェウスさんが収納魔道具からだと思うけど、長い柄の先端に、巨大な刃がついているものを取り出した。
戦斧と呼ばれるものだろうけど、かなり大きい。
柄の部分も金属製で重さもかなりありそうなのに、それをニウェウスさんは片手で軽々と持っている。
同様にマリスさんが取り出したのは、凝った装飾の施されたロッドだった。
その先端には握り拳より少し小さい、瑠璃色の魔石が嵌め込まれている。魔法使いかな。
「ルクレツィア。待ちなさい! 学院で武器の使用は許されません」
ここまで黙っていたメアリが、強めの口調で注意した。
確かにメアリの言うように、学院で武器を使うのは駄目だよね⋯⋯というか別世界の教育を受けた私の感覚では、武器を学校に持ち込むこと自体、アウトだと思うんだけど。
「あら、別に構わないでしょう。殺し合いをするわけじゃないし。それにキョーコであれば問題ないはずよ。なにせランク10を倒したんだから」
ルクレツィアちゃんは独自理論を展開して、メアリの注意を聞かなかった。
「な、何を言っているの!」
「ねえ、そんなことより早く始めようよ」
メアリの言葉を無視して口を挟んできたのは、ニウェウスさんだった。
「キョーコ様」
ファティは私に静かに呼びかけてから
「これをお使いくださいませ」
と見慣れたもの──ミスリルコンという合金の剣を差し出してきた。
「ファティさん。どうして⋯⋯」
メアリがそれを見て絶句する。
「巫女姫様。この者らを納得させるにはこの方法しかございません」
「そ──」
「もう、待ちきれない」
──ニウェウスさんがメアリが何か言おうとしたのにも構わず、床板を踏み割るほどの脚力で私の方に突っ込んできた。
私はファティの手から鞘を掴むと剣を引き抜き、ニウェウスさんが上段から振り下ろしてきた戦斧に合わせた。
その際、持っていた木剣は手放したので床に落ちてしまう。
借り物だけど、緊急事態だから許して。
ニウェウスさんの振り下ろす戦斧は確かに速かったけど、今まで戦った人たちと比べて、特別速いわけじゃなかった。
戦斧と剣が接触した瞬間、高く響く金属音と共に火花が散り、私の足元の床板が割れて砕けた。
どうやらパワーは今まで戦った人たちの中で、一二を争うらしい。
さらに連続で攻撃してくると思って警戒していたら、ニウェウスさんは斧を担いで三メートルほどの距離を、軽々と後ろにジャンプした。
「今の一撃を受け止めるなんて、どうやら噂はデタラメばかりでもないらしい」
ニウェウスさんがそう言うと、凶悪ともいえる笑みを浮かべた。
「マリス。全力で行くよ」
「わかりました」
ニウェウスさんの指示にマリスさんが頷く。
──唐突にニウェウスさんに変化が起こった。
耳の上に生えていた角が伸びだし身体の周囲に黒い靄のようなものが立ち上る。
──その直後、ドンッという凄まじい音と共に、ニウェウスさんの足下の床板が砕け散り、瞬きも出来ない速さで私に接近──戦斧を横薙ぎに振るってきた。
それを剣で防いだ途端、鋼が軋る耳障りな音がして足元の床板を割りながら私の身体が横滑りしていく。
私は剣を床に突き刺して横滑りの勢いを殺そうとしたとき──
大きな影が視界に入ってきた。
よく見るとぬらぬらと光る鋭い大きな牙が、まるで私を噛み砕こうと並んでいた。
私は足に力を入れるとジャンプしてその牙から逃れる。
──そこにニウェウスさんは私の頭上から戦斧を振り下ろしてきた。
それを剣で受けた止めた瞬間、今までとは桁違いの衝撃が全身に伝わって、床に向って身体がすごい勢いで吹っ飛ばされた。
なんとか体勢を整えて足から着地すると、地響きを起こしながら床板が砕け散り、地面が露出して塵埃が舞い上がった。
なんてパワー! これがドラゴニュートの種族特性なのかな、とゲーム的考えが私の頭に浮かんだ。
不思議なことに塵埃が収まるまで、ふたりは攻撃してこなかった。
「信じられない⋯⋯私の全力の一撃を防いだだけじゃなく、ダメージを受けた様子もないなんて⋯⋯貴女、本当に人間?」
私から五メートルほど離れた所に立っていたニウェウスさんが、呆れたように口にする。
「人間です」
一応、これだけは言っておかないと。
ニウェウスさんの言う通り私にダメージは一切ない、だけど⋯⋯運動室が無残な有り様になっていた。
所々、床板が剥がれ、割れ、砕け散り、地面が露出してしまっている。
私の今立っている場所が最も酷く、地面がクレーターのように抉れてしまっていた。
──急に私はみんなが心配になってきた。
慌てて探してみるとみんなは運動室の端の方で、薄い膜のようなものに包まれていた。
あれは今まで何度も見てきたファティの防御魔法。
そのファティはメアリの側に顔色一つ変えずに立っていた。
メアリはファティとは対照的に顔色が悪く、それはこの決闘のせいなのか、それとも運動室の惨状のせいなのか、まあ、その両方だよね⋯⋯
フレデリカさんは唖然としたような表情でこっちを見ている。
学院生の中には腰を抜かしてしまったのか、座り込んでる人もいたけど、とりあえず怪我はしていないようなので安心した。




