67.学院の食堂
メアリに案内されてやってきた学院の食堂は全生徒、百人を収容できるんじゃないかと思うほど広かった。
そこに木製の大きなテーブルと椅子が、いくつも整然と並べられている。
今はお昼休憩なので、大勢の生徒で賑わっていた。
──見渡すとほとんどの席が学院生で埋まっていたので、私とファティとメアリ、それからフレデリカさんと一緒に席を探すことにした。
食堂を歩いているとやけに視線を感じる。最初、メアリが注目されているのかなと思ったけど、どうやら私とファティも見られているようだった。
気にしないようにして食堂を奥まで歩いて行くと、ちょうど壁際に四人座れる席が運良く空いていた。
食堂の壁側にはメアリとフレデリカさんが座り、私はメアリの正面に、最後にファティが私の左隣に座った。
不意にフレデリカさんが私を見て
「キョーコ、と呼んでもいいかな」
と聞いてきた。
「え、あ、はい」
「僕のこともフレデリカって呼んでいいから。敬語もいらないよ。同級生だしね」
まさかの僕っ娘! この耳でそのフレーズを生で聞くことができるなんて。
しかも美少女の口から。
「それで──」
「待って、フレデリカ。お話は昼食を頼んでからにしましょう」
フレデリカさんが何か言いかけると、メアリが遮った。
「──ああ、そうだね」
驚いたことに食事はキッチンカウンターまでいってセルフで取ってくるんじゃなくて、食堂にいるメイドさんに頼んで持ってきてもらう方式だった。
メアリとフレデリカさんがメイドさんに食事を頼んでいる間に、私は念のためファティにこっそりと毒殺の危険がないのか聞いた。
どこでどのようにメアリを狙ってくるかわからないし。
するとファティは小声で
「毒が混じっていたらすぐにお知らせしますので、ご安心くださいませ」
と答えた。
良かった。毒殺の心配をする必要はないみたい。
メアリはサラダとラーナ茶とカルボナーラスパゲティのような料理を頼んでいた。
私とファティもメアリと同じものを頼んで、フレデリカさんはラーナ茶とサンドイッチだった。
食堂でどんな料理を頼めるのか知らないので、あとでメアリにでも聞いてみようかな。
──それから程なくメイドさんが食事を運んで来てくれた。
さっそくカルボナーラスパゲティに似た料理を食べてみると、とってもクリーミーで美味しかった。
ファティにも作ってほしいな⋯⋯
しばらくみんな静かに食事を続けたあと不意に
「キョーコは自己紹介で出身地はニホンって言っていたけど、そこはどの辺りにあるの。僕は結構地理に詳しい方だと思うけど、初めて聞いたよ」
とフレデリカさんが聞いてきた。
「海に囲まれたとても遠い場所にあるから⋯⋯」
本当のことは言い辛いので、こう答えるしかない。
「へーそんな遠い場所から、一人でこの国に?」
「いえ、ファティと一緒に」
フレデリカさんは私からファティに顔を向けると
「君もキョーコと同じニホン出身?」
と話しかけた。
「いえ」
「じゃあ、どこかな?」
「申し上げることができません」
フレデリカさんは困ったように私を見た。
ファティが言いたくないのなら、無理に言わせる必要はない。
なので私は
「他に聞きたいことはありませんか」
と話題を変えることにした。
フレデリカさんはもう一度、敬語は必要はないと言ってから
「──じゃあ⋯⋯キョーコ。実は面白い話があってね」
と私の意図を汲んでくれた。
「ある噂を聞いたんだ──黒髪の少女がたった一人で、十六人以上のパーティーを全滅させ、しかもその中にはランク10の人物が、ふたりも含まれていたというね」
とフレデリカさんはここまで言うと、意味ありげにニヤッとした。
もうたいして驚きはしないけど、噂は結構広まっちゃってるみたいだ。
でもパーティーを全滅させたというのは、まちがっているけど⋯⋯
「その話、私も聞かせてくれないかしら」
不意にまだ幼さの残る声が私の耳に入ってきた。
振り向くとそこには青髪に青い瞳の少女が、不敵と言ってもいい表情を浮かべながら私を見ていた。
「ルクレツィア!」
メアリが呼んだことで、青髪の少女の名前がわかった。
「お姉様。ごきげんよう」
「ごきげんよう⋯⋯」
この二人の関係は何なんだろう。この学院では年上をお姉様と呼ぶのか、それとも実際にメアリの妹なのか。
「キョーコ様。私の従妹のルクレツィアです」
メアリは私の疑問にすぐ答えを与えてくれた。
じゃあ、宰相の娘なのかな。まあ、巫女様の兄弟はまだ他にもいるかもしれないから、宰相の娘じゃないかもしれないけど。
「初めまして。キョーコ」
ルクレツィアちゃんはいきなり、初対面の私を呼び捨てにしてきた。
でも彼女の身分を考えれば変じゃない。彼女はこの国の支配者一族だから。
「ルクレツィア! 上級生のキョーコ様を呼び捨てにするなんて」
メアリが珍しく怒った。
「あら、別に構わないでしょ。キョーコは平民なんだから」
「貴女⋯⋯」
「それより、答えてくださらないかしら。噂の真相を」
ルクレツィアちゃんはメアリを無視して、私に話すよう迫ってきた。
──すると
「──な、何なのよ。そこのメイド!」
突然、声を震わせながらルクレツィアちゃんが指を突きつけてきた。
その指先をたどると、私の隣に座っていたファティを指していた。
ファティは凍えるほどの冷たい目で、ルクレツィアちゃんを見ている。
──これはまずい⋯⋯
「そうだ。メイドの分際で!」
そこへルクレツィアちゃんの後ろにいた女生徒が、さらに煽り立てる。
私はファティの右肩に優しく触れると、ファティは一瞬驚いた表情浮かべてから目を伏せた。
それを見てから私は
「その噂がどうであれ、どうして私が答えなければいけないの?」
と敬語抜きでルクレツィアちゃんに向って言った。
敬語の必要を感じなかったから。
「ど、どうしてって⋯⋯」
ルクレツィアちゃんは少し怯んだようになって、黙ってしまった。
「巫女家であらせられるルクレツィア様に、なんていう口の利き方!」
取り巻きらしい女生徒の一人が非難の声を上げた。
「貴女たち、もうやめなさい。自分の生まれを笠に着るなんて馬鹿げています!」
ルクレツィアちゃんとその取り巻きの子も、さすがに巫女姫様から強めに注意されたためか、黙ってしまった。
「きょ、キョーコ。講義後、第一運動室にき、来なさい。い、いいわね」
ルクレツィアちゃんは私の返事も聞かず、言うだけ言って足早にどこかに行ってしまった。
取り巻きの子たちは慌ててその後を追っていく。
「覚えていろ!」
取り巻きの女生徒の一人は私にそう言い捨てて、最後に去っていった。




